北海道における郡ってなんだろう?

昨日、北海道安平町(というかノーザンファーム)生まれの馬の話を書いた。

北海道生まれアイルランド育ち、ドイツ生まれ日本育ち

「北海道勇払郡安平町」という表記を見て、この郡の名前なんて読むんだろと確認して、

「ゆうふつぐん」だったので、だいたい予想通りだったのだが、この郡を構成する町村を見て不思議なことに気づいた。


北海道は広大なため、道庁の出先の役所が設けられている。

かつては支庁と呼んでいたが、現在は振興局と名前を変えている。

数は14で変わらないけど、振興局で扱う一部の業務について、隣接地域に集約されていることがあるよう。

安平町は胆振総合振興局の管轄地域にあたる。

北海道においては大まかな地域を表すのに振興局の名前を使って「胆振管内」というような言い方をすることがあり、

「石狩管内全域に時短営業を要請」のような記載があるのは、他の地域の人にもなんとなくわかると思うが、

町村の大まかな位置を表すために「渡島管内七飯町」というような表記も見られるのは珍しい。


最初に不思議なことと書いたのは勇払郡を構成する町村のうち、

厚真町・安平町・むかわ町は胆振管内、占冠村(しむかっぷむら)は上川管内と振興局をまたいでいたということ。

占冠村ってなんか聞いたことあるなと確認したら、星野リゾート トマム(旧:アルファリゾート・トマム)に代表されるリゾートの村だと。

山深い地域なんだろうとは思ってたが、それがだいたいの理由である。

占冠村が勇払郡である理由は鵡川の上流部ということで、川筋など地形面を考慮しての区分だという。

ところが歴史的に隣接する南富良野町との交流が多かったわけである。山を挟んではいるけど近かったわけですね。

この観点から富良野市などと同じ上川総合振興局(旭川市)の管内になっているということらしい。


実は複数の振興局にまたがる郡というのはけっこうあるらしい。

虻田郡(あぶたぐん)もそうだったんですね。

虻田郡といえば、洞爺湖町に行ったことがあるが、札幌から山越えのバスで行き、洞爺駅から列車で函館へ行くという形だった。

洞爺湖町は室蘭市に近いこともあって当然に胆振管内である。隣接する豊浦町も同じである。

しかし、虻田郡のそれ以外の地域は後志(しりべ)管内にあたる。

札幌から洞爺湖へのバスは中山峠を越えて喜茂別町に入るが、ここから虻田郡である。だからこの辺だと札幌に近いんですね。

このあたりの中心的な町が後志総合振興局が置かれている倶知安町ということらしい。

なお、後志管内で最大の都市は小樽市である。にも関わらず倶知安町に振興局があるのは札幌から近いところに置いてもという判断なのかな。


その逆に同じ名前の郡なのに、実は異なる郡ということがあるらしい。

北海道の郡一覧 (もっともっと北海道~もっと知りたい知ってほしい北海道)

このリストを見ると「上川郡」と言う記載が、上川管内に2つ、十勝管内に1つあるが、この3つは全て異なる郡らしい。

北海道は古くは蝦夷地と呼ばれ、全域が日本の行政機構に組み込まれたのは明治以降のことである。

このことによりこのような奇妙な現象が発生しているとみられる。


現在に渡るまで町村を区分する郡というのは、律令時代の国・郡の区分に由来するものを手直ししながら使っていて、

例えば、埼玉県に杉戸町・松伏町が属する北葛飾郡というのがあるが、

これは古くは下総国葛飾郡という現在の江戸川に沿って東京湾に至る非常に細長い郡だった。

葛飾郡の南側は江戸川を挟んで分断される一方で、その西側は江戸に近く都市化が進んでいたので武蔵国に移管した。

(隅田川にかかる両国橋は武蔵・下総国境に由来する名前で、かつてはそんなところまで下総国葛飾郡があったということである)

さらに下総郡一帯は細長すぎたこともあって、武蔵側が東京府・埼玉県、下総側が千葉県・茨城県・埼玉県に分割された。

北葛飾郡というのは武蔵国葛飾郡・下総国葛飾郡の埼玉県域に由来するもので、葛飾郡の名前を直接的に残している。

東京都南葛飾郡、千葉県東葛飾郡はもはや存在しないが、それぞれ葛飾の西部・東部ということで葛西とか東葛とかいう広域地名は残ってる。


話は少し逸れてしまったが、もともと国がなかった北海道には明治になって後追いで国と郡が設定され、

石狩国川上郡、天塩国川上郡、十勝国川上郡 と3つの国に川上郡が出来てしまった。どれも川の上流に由来する名前らしい。

その後、まもなく開拓使が設置され、これが北海道庁に発展することになる。(当時の北海道庁というのは他の府県とは制度面では大きく異なる)

明治時代には郡役所という広域行政を担うシステムが全国的に作られたが(あまりうまくいかなかったらしいけど)、

北海道の場合、開拓使が発展したという経緯や、郡という考えが成熟してなかったのもあってか、郡役所は設置されなかったのだという。

とはいえ、町村の区域の住所表示には郡名を書くという考え方があるので、

「北海道上川郡美瑛町」(旧石狩郡)、「北海道上川郡和寒町」(旧天塩国)、「北海道上川郡新得町」(旧十勝国)となるんだそう。


実際のところ、北海道以外でも郡という概念はわりと希薄なものになっているのだけど。

市になると郡から抜けるというルールにより、市町村合併や都市化が進む中で郡部が減っていることの方が大きいと思うが。

町村の住所表記に郡を書く理由については、同一県内に同じ名前の町村がある場合があったからだそうだけど、

現在は同一県内に同じ名前の町村があるところはなくなったので、書かなくてもわかると思う。

実務的にも郵便番号を記載する場合は住所の一部を省略することが多く、なおさら郡名は書かないんじゃないか。

長野県ぐらい町村の数が多いと郡の名前で大まかな区分をつかむこともあるかもしれないけど、

多分大抵の都府県ではそういう話にはならないと思う。もはや町村のグループとして機能している郡の方が少ない。

北海道も町村が多いのはそうなんですが、冒頭の方でも書いたが振興局の区分が使われることが多いのが実情で郡名はあまり使われない。


ちなみに日本の町村は全て郡に属しているのかというと、一部に例外がある。

それが東京都島しょ部でここは郡に属しないので「東京都大島町元町1丁目」のような表記以上の書き方がない。

伊豆諸島はもともと伊豆国に属していて、当時は賀茂郡(現在の下田市を含む)に属していたが、

航路の都合もあって東京府(→東京都)に属して以降は郡の区分に属することなく来てしまったらしい。

小笠原村については歴史的に郡に属したことがない。(これはなんとなくわかるけど)

そんなにレアな地域だとは思いませんでしたね。他の離島でもあるのだと思ったら、町村はいずれかの郡には属しているそうで。

このため、東京都の郡部は西多摩郡に現存する瑞穂町・日の出町・檜原村・奥多摩町の4町村だけとなる。

いまどき「郡部」なんて言い方使わんだろというのが正論だと思いますけど。