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奈良県中部も観光するにはよいが

今日は奈良県中部に出かけていた。

主な目的地だった橿原市といえばこんなニュースもありましたが。

奈良県議会で県庁を橿原市に移転する決議案が可決されたということである。

具体的に県庁が移転すると決まったわけではないが、議会の意見として示されたわけだ。

(県庁移転の提案?)

そんなわけあるわけないだろと思っているが、橿原市は奈良県の交通の要所である。

もっとも、奈良県全体にしてみれば橿原でさえ北寄りなんだけど。


そんなわけで、橿原市の中心駅である八木駅の1つ隣、耳成駅から散策を開始することに。

ここから南下していくと、藤原宮跡の東端にあたる。見えるのはひたすら田畑だが。

まず最初に 奈良文化財研究所  藤原宮跡資料室 を見学した。これも平城宮跡資料館と同じく無料ですね。

奈良文化財研究所は本庁舎を平城宮跡隣接地に置き、そこに平城宮跡の発掘調査を行う部門も入っている。

ところが他にも研究対象はいろいろあって、その中で大きいのが藤原京と飛鳥エリアの発掘調査で、

これを行う部署が入っているのがこの建物で、その一角に展示室があるわけですね。

なお、他に奈良文化財研究所の施設としては飛鳥資料館が明日香村にあるが、これは純粋な展示施設。(cf. 飛鳥を掘って見えたこと)


藤原京に関する出土品やそこからわかったことが展示されているのだが、

ちょうどおとといに平城宮跡資料館を見たのと比べてもわかるのだが、圧倒的に不明点が多いことがわかる。

平城京の場合、奈良時代から現存している寺社も多いし、なにより正倉院という奈良時代から土に埋まることなく保存されている施設があった。

そんなこともあって、発掘調査の結果とあわせて、平城京がいかなるものであったか推定できる要素はいろいろあった。

それに比べれば、藤原宮跡の発掘は未だ途上、寺社は遷都に伴い引っ越したりで現存していないなどで不明点が多い。

そもそも藤原京自体が16年間しか存在しておらず、失敗点も多かった都市だと言われている。

ただ、日本初の都城制の都市として、後の平城京、平安京につながっていることを、見いだしたいってところですかね。


ちょっと歩いて行くと、原っぱに朱色の柱が立っている怪しい空間がある。

これこそが特別史跡 藤原宮跡の中心的地域で、門などの礎石のあったところを表示しているんですね。

とはいえ、ただただ原っぱ、この礎石を表示しただけで、果たして藤原宮の姿が理解できるだろうか。

でも、その理由はこの原っぱを歩き進めて行くとわかったが、大極殿の発掘調査を今まさにしているところなんですね。

すなわち藤原宮の中核部すら、何があったかはまだ調査中という状況ということなんだよね。

もしかしたら、将来的には平城宮跡歴史公園のように、復原建物や、体系的な遺構表示がされるようになるのかもしれない。

でも、そのための情報がないので、今のところは原っぱにしておくしかないわけ。

それならせめてと橿原市は藤原宮跡エリアに季節の花を植えていて、今だと本来はコスモスの時期だったんだけど、

今年は新型コロナウイルスの騒動で植えられなかったようで、それすらないっていうことですね。


ここから北西方向に進んでいくと、今井町にたどりついた。

今井町って小中学校の歴史の教科書にも寺内町として掲載されてますよね。それですね。

今井町を歩いて思ったのは、ここは重要文化財指定されている伝統的な建物があることよりも、

重要伝統的建造物群保存地区として新旧あれども伝統的様式の建物が並んでいるということが価値だなと。

地区内でも場所によるけど、7割ぐらいは伝統的様式によっているように見えた。

その中で長い歴史を持ち、キーとなる建物を重要文化財指定しているのがよい理解ではないかと思う。

こういう地区なので無電線化が進んでいて、むしろ日本では違和感があるな。

道路は狭く、木造建築も多い地区ということで、万が一の避難地になる生活広場というのが何箇所か設けられている。


そんな中を歩いていたら呼び込みしている人がいて「紙半豊田記念館」に入った。

有料の施設なんだけど、豊田家というかつての豪商の美術品コレクション(質流れの品もあると言ってたが)、仕事道具、かつての仕事場の建物を公開している。

肥料商→木綿商→両替商と発展してきたそうで、明治時代には課税などで衰退したが、現在も吉野で林業を行っているそう。

(なので、近年に受賞した林業関係の表彰状が貼られていたりする)

今井町ってどんな町だったの? というのを肌感として知るにはいい施設だと思った。


ここから八木駅前にやってきて昼食を食べようと、できればGoToトラベルの地域共通クーポンが使えると良いが……

と探したが、使える店があまり多くなく、電子クーポンが使える店で昼に営業してる店はさっぱり。

昼食代は思ったより安くて、800円ぐらいだったからクーポンの使い所だったかというとそうでもないが。

なんだろうね。橿原というのはあまり観光都市として認識していないのかな。

確かにあんまり観光客が多く来る都市ではないのはそうだけど、受け入れる側がこれではね。

橿原市は 飛鳥・藤原の宮都 の2024年の世界文化遺産登録を目指して活動しているそうである。

日本における律令制国家の成立を表す遺跡群というのは世界の宝であるかというところが本来の意味ではあるけど、

やはり奈良県内では観光客の集客に遅れを取っている奈良県中部への誘客を見込んでのことなんだろうなとは思う。


ここから電車で移動してやってきたのは長谷寺駅、ここから長谷寺へ行く。実は初めて。

長谷寺といえば、ぼたん が有名で、花寺という印象はあったが、この時期も紅葉でお参りするにはいい時期だろう。

しかし、長谷寺駅から長谷寺はそこそこ遠い。知ってたけど、思ってたより大変だった。

まず、長谷寺駅は高台にあるが、そこから国道165号線を渡るために下る必要がある。階段で下るんだけど。

そこから国道165号線を渡ると、やや細い道を歩く。乗用車なら通行できるが、大型バスは厳しい。

(季節運行の路線バスはあるが、大きく迂回する都合、歩くよりも時間がかかる。タクシーの乗り入れが難しい時期に限っての運行か?)

だから、遠くても高低差が激しくても歩く方がよいと。ぼたんの時期だと自家用車すら入れませんからなおさら。


その長谷寺の境内も高低差が激しい。本当に健脚向きの寺だね。

そうしてたどりついた本堂は、まず観音様がデカイ。それもそのはず。日本最大の木造の仏像だという。

そして高台からせり出した舞台、眺めも良いが、参拝場所としても広いですから、その点でも立派ですね。

僕は入らなかったけど、秋の特別拝観ということで、観音様の足下までいって参拝することが出来るという。

さらには、その特別拝観をした人用の特別な御朱印を受けることができるということで、そんなところで興味を引いた人もいるかも。


そんなこんなでのらりくらりと参拝していた。

長谷寺駅に向かって歩いていたら、ちょっと急げばちょうど電車に乗れそうと、

急坂を早足で進んだら、電車に乗るときには息が上がって辛かった。

真っ当に参拝するだけでもこんなすさまじい寺社はそうそうないような気がしたが、来て良かったですね。

今は急行が通年で停車になったので、その点でもいいですね。(cf. 急行停車駅を増やすんだって)


明日が旅行最終日、GoToトラベルの地域共通クーポンは残2000円、使い切って帰らないといけないが、

向かうは大阪、そして京都で弁当を買って乗るつもりだから、なんとでもなるでしょう。


Author : Hidemaro
Date : 2020/11/01(Sun) 22:22
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