日記帳だ! with Tux on Libserver

二度目の大改造!! 日記帳…か?を継承し、より柔軟でパワフルなBlogに変身しました。

RSSに対応しています。リンク・コメント・トラックバックは自由にしていただいてほぼ問題ありません。
RSS購読方法、僕のリンク・コメント・トラックバックについての考えを読むことをおすすめします。

社主から手離れする日

新聞が自社のことを記事にすることはあるが、こんなニュース。

朝日新聞社社主・村山美知子氏が死去 99歳 (朝日新聞デジタル)

社主ってあんまり聞かないけど、一体どんな立場の人だったんだろう。


朝日新聞社 役員一覧・組織図

役職者の一覧のトップに「社主」として書かれているが、一方で取締役とか役員という肩書きはない。

組織図にも取締役会・監査役会と並列に記されていることから、

業務において社長の上位にあるとかそういうものではないらしい。


そもそも前提として、朝日新聞社は上場会社ではない。

ただし、有価証券報告書の提出はしている。

なぜ非公開会社なのに有価証券報告書を提出しているかといえば、株主が1000名以上だから。なるほどね。

その有価証券報告書を見てみると、社主の名前は大株主の状況に記載されている。

2019年3月末時点の大株主の状況は次の通りである。

朝日新聞社従業員持株会 (持株比率25.05%)

株式会社テレビ朝日ホールディングス (持株比率11.88%)

村山美知子 (持株比率11.02%)

上野聖二 (持株比率11.02%)

公益財団法人香雪美術館 (持株比率10.00%)

なるほど。大株主だったんですね。


もう少し詳しい経緯を調べてみると、1881年に朝日新聞社は 村山龍平氏 と 上野理一氏 の2人で経営をスタートした。

この2人が初代社主であった。以後、この2人の持分は親族が相続していくことになり、相続するごとに社主も移り変わってきた。

戦後には社主の肩書きが外されたときもあったが、基本的にはこの2人の親族が社主を継承して行っていた。

ただ、上野理一氏 のひ孫にあたる 上野尚一氏 が2016年に亡くなってからは、その子孫は社主の肩書きを継承していない。

とはいえ、大株主に上野という名字の人がいることからもわかるように、持分は相続されている。


このたび亡くなったことがニュースになった 村山美知子氏 は 村山龍平氏の孫にあたるようである。

当初、村山氏と上野氏が2:1で持分を持っていたという経緯もあって、1977年に社主になった当初は筆頭株主だったようである。

ただ、2008年以降、所有株式をテレビ朝日などに売却して、香雪美術館などに寄付して、持株比率を下げていった。

いつか来る相続に向けて、資産の整理を進めていたのかも知れない。

個人株主では上野氏と並んで筆頭ということで、社主としての体裁が保てる範囲まで持株比率を減らしたのだろうか。


もともとは社主=経営者だったのだが、時代が行くにつれて、経営者としての実態は伴わなくなってきたのだろう。

現在、朝日新聞社の経営者には創業家の親族はいないように見える。

もちろん大株主ですから、株主総会での影響力はあったかもしれないが、実際のところは不明である。

役職者の一覧の筆頭には書いてあるが、もはや社主というのは名誉職でしかなかったと想像できる。

それだって、上野尚一氏の後継となる社主がいないことからも、村山美知子氏の死去をもってなくなる役職なのかもしれない。


社主という肩書きは新聞社や出版社では時々使われているものらしい。非公開会社が多いのも背景にあるのだろうか。

比較的最近まで読売新聞も社主という肩書きの人がいたようだ。

ここも朝日新聞と事情は似ていて、1924年から経営に参加した正力松太郎氏の親族が社主となっていた。

ただ、これも相続されるにつれて、社主1名での持株比率が下がっていき、社主という肩書きはなくなってしまった。

もはや経営者に正力氏の親族がいないと思われることも同じである。


上場会社では「社主」なんていうのはあり得ない肩書きだけど、非公開会社ならね。

もっとも、朝日新聞社にしても、読売新聞にしても社主の持株比率が下がっていった背景には相続というのがある。

企業価値が小さければ、相続税の負担も軽いし、遺産に占める割合も低く、親族の誰か1人が継承し続けるのはそう難しくないかもしれない。

ところが、大きな企業価値を持った会社を相続すると、まず相続税の負担が重い。

しかも遺産に占める割合が高いと、必然的にその会社の持分を親族間で分けざるを得ない。

創業者の親族から経営が手離れしてしまえば、もはや社主という肩書きは意味を持たなくなるのかもしれない。


勤務先の会社にも創業者はいて、当初は創業者やその親族が大株主だったようである。

ところが、ある時期に事業規模が急拡大し、このときに大量の増資をすることになったそうである。

その結果として創業者の親族はもはや少数株主になってしまったとのこと。

今や上場会社、大株主は信託銀行や保険会社ばかりが並び、唯一違うのは従業員持株会だけ(それも持株比率は数%である)。

オーナーが知れなくなる理由はいろいろだが、会社がひとり立ちしていくというのはそういうことなんじゃないか。

創業時とは主力事業も大きく変わっちゃったからね。

それでも創業時からのとある製品が創業時から現在までずっとトップメーカーなのは驚くべきことだが。知る人ぞ知る。


Author : Hidemaro
Date : 2020/03/03(Tue) 23:54
社会 | Comment | trackback (0)

Tools