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版画も枚数に限りはある

そういえば、東京国立近代美術館のコレクション展も見に行かないとな、

と、北の丸公園に行くと、お花見だか式典だかでえらく混んでいた。

周辺はえらく混んでいたが、春にちなんだ作品の特集展示もあり、満足感は高かった。


美術館に展示される作品は平面物が多いが、手法もいろいろである。

平面の作品は絵画と呼べばよさそうだが、写真は絵画ではないので。

一番多いのは絵の具や鉛筆を使って直接描いた絵だが、版画もそれなりにある。

版画といってもいろいろな手法がありますからね。


そんな版画の作品には「36/50」のようにシリアルナンバーが振られているものが多い。

最近、なんかサインとは別に書いてあるなと気付いて、いろいろな作品を見てみると、たいてい書いてある。

確かに版画ですからね。1つの版を使って複数枚刷れるわけだ。

といっても、版の耐久性の問題や、複雑な刷り方を要するなどの都合もあるのだろう。

シリアルナンバーの分母の数字はせいぜい50ぐらいである。版画といってもそんなもの。


歴史的には本の表紙やポスターは版画で作られることが多かったようだ。

写真すらなかった時代には、絵を複製する手段は本当に版画ぐらいしかなかったから。

今はそういう実用的な用途で版画が使われることはほとんどなくなった。

表現としては、今も版画は活用されているのだが、実用面では「これは刷るの大変そうだなぁ」とか思ってしまう。


美術館で手の込んだ版画の作品や、手の込んだ写真の作品を見ると、今はコンピュータグラフィックスでやることだよなぁと。

版画は直接描く絵とは違って、版を作るのと、インクを乗せるのが独立しているので、

そうやって作られる絵はコンピュータで作られる絵に通ずる部分があるような気がしている。

もともと活躍したという本の表紙やポスターはコンピュータグラフィックスに代替されているのもある。

写真も現像時に特殊な操作をして作られたコラージュのような作品もあるんだよね。

こういうのなんて、まさにコンピュータグラフィックスでやってしまうことだよね。


とはいえ、コンピュータグラフィックスだと、デジタルデータが正だからね。

データなら無限に複製できるし、紙に出すにしても妥当な印刷方法があればいくらでも増やせてしまう。

というわけで、作品のありがたみは少ないのかもしれない。

肉筆で描かれた作品は1点もの、これは特別だ。

版画は複数枚刷れるといっても、刷り方によってできるものは違うだろうし、耐久性の問題はある。

だからこそ、何枚か刷ったら終わりにしていて、それが作品の価値にもつながっているのだろうけど。


ここまで書いてきたことを見ると、今となっては版画は中途半端と思ったかも知れないけど、

手で直接に版を作ることには今でも意義があるような気がする。

肉筆で描いて完成させるわけではないけど、版を作るところは完全に手仕事ですからね。

今も表現手法として版画が使われているのはそういうことなのかなぁと思っているが、作者の考えはどうだか知らない。


Author : hidemaro
Date : 2019/04/06(Sat) 23:55
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