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飛鳥を掘って見えたこと

今日は飛鳥に出かけていた。
久しぶりではあるが初めてというわけでもない。
ただ、飛鳥資料館に行ったのは初めてだが。
飛鳥は歩き回ったこととか自転車で走ったこともあるけど、今回はバスを使えるところは使う。
橿原神宮前駅からバスに乗ったのだが、このルートがとてもバスが走るとは思えない道路ばかり。
確かに道路状況があまりよくないのはわかるのだが、それにしてももうちょっとやりようはありそうだが。
ちなみに明日香村のバスとしては橿原神宮前駅~石舞台~飛鳥駅のバスと桜井駅~石舞台のバスがあるが、
桜井駅からのバスはかなり本数が少ない。春と秋の土日は増発されるが、今日は平日なのでそれもない。
橿原神宮前駅からのバスは春と秋は平日含め増発され30分間隔、それ以外は1時間間隔だ。
そんなに悪くはないけど、時刻表見ないで済むほどは多くない。
フリーきっぷもあるけど、村内の移動でガッツリとバスを使うにはちょっと不便そう。
というわけでやってきた飛鳥資料館、
奈良文化財研究所の施設で、飛鳥での埋蔵文化財調査の成果が展示されている。
奈良文化財研究所というと平城宮跡に庁舎があることもあって、平城宮跡での調査の印象が強いが、
橿原市にも拠点があって、飛鳥や藤原京の発掘調査を行っているらしい。
一方で、奈良県は橿原考古学研究所という奈良県内の埋蔵文化財の調査・保存・研究を行う施設を持っている。
わりとお互いの役割に重なる部分もあると思うのだが、適宜協力してやってるんでしょうね。
奈良文化財研究所は国の研究所で、ターゲットは奈良県内に限らないし、埋蔵文化財にも限らない。
ただ、どうしても奈良県内の埋蔵文化財の調査の割合は多くなるのかなと。
そんな飛鳥資料館だが、門をくぐるといろんなものがある。
飛鳥時代の石で作られた噴水をレプリカで作っておいてあるようだ。当時、こんなのを作ってたのには驚いたが。
建物の中にはいると、飛鳥京の模型がある。発掘調査の結果を踏まえて想像を加えて作ったものらしいが。
本当にこんなのあったの?と思うけど、確かに明日香村で点在している遺跡などをつなぎあわせるとこうなるんだよね。
今にしてみればいろんな遺構が点在しているという理解にしかならないけど。
重点的に展示されていたのが高松塚古墳とキトラ古墳、そして山田寺である。
高松塚古墳とキトラ古墳はそれぞれ壁画が特徴的な古墳として知られている。
高松塚古墳は壁画保存のため石室を解体して、現在は当初の姿に復元されている。
この石室は戻す計画なのだが、現状では戻して保存できる目処が経たないので、外で保存する方向で考えられているらしい。
キトラ古墳は壁画を剥がして、こちらはもともと壁画は外で保存するということで、去年に公開施設ができた。
飛鳥資料館には壁画はレプリカや写真で展示されているが、それとともに地面の断面サンプルが展示されている。
どうやって古墳がつくられたかということがここからわかるということらしい。
山田寺はかつての回廊の部材がよい保存状態で発見されたので、それを組み直して展示するということをやってある。
礎石からかつての建物を想像することはよくあるが、実際に部材が発見されるのはなかなか。
もっとも掘り出された部材を保存するのはとても大変だったようで、
大量の部材を保存処理するには15年もの期間がかかったそう。
組織中の水を慎重に高分子に置き換えるということで、そもそも時間がかかるのに処理すべき量まで多いから。
そのあと、すぐにバスが来ないからと歩いていたら万葉文化館にたどりついた。
奈良県の展示施設で、絵画の展示以外は無料なので入ってみたのだが、
実はこの建物がある場所は飛鳥池工房遺跡で、すなわち銭やガラス玉などを作る工場だったと。
外からはあまりアピールされていないのだが、なかなかすごい遺跡だった。
再びバスに乗り高松塚で降りる。
国営飛鳥歴史公園のメインとなる地区で、今まで何度か来たこともあるのだが。
そういえば高松塚古墳って今どうなってるんだろうと思って見てみると、
きれいに整備された墳丘には草が生えていた。
かつて、壁画の保存のために古墳の周辺は工事現場のようだった覚えがある。
石室が解体されてしまえばそういうこともしなくてよいのだから平穏そのものである。
石室の解体というのは古墳にとってはよくないという話もあったが、
壁画の保存・修理という点で無理があったのは確かで、解体したことで無理がなくなったということなのかなと。

Author : hidemaro
Date : 2018/05/02(Wed) 23:31
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