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突然、国立町になった

まれに市町村の名前が変わることがある。

村→町、町→市と変わるときに変わることが多いと思うが。


あまり本質的ではない変化の一例として、長野県の大町市がある。

大町市は市になる以前は 大町 だった。

そのまま市になると 大市 になるところだったのだが、大町市に改名することで回避した。

あと、市の名前は全国で被らないのが原則なので、市になるときに改名することがある。

奈良県の郡山町が市になるときに大和郡山市になったのがその1つの例。

実は福島県の郡山よりも古くからある地名であることは明らかなのだが、市になったのが後なので、こういう対策が必要だった。


このあたりはなんとなく事情が分かるのだが、東京都には村から町になるときに唐突に改名した町があった。

その町は後に人口増にともない、特に合併することなく市になっている。

それが現在の国立市だ。

当初、谷保村だったのに、町になるときに国立町に改名し、市になってもそれが引き継がれている。


谷保という地名は現在も国立市内に存在している。

JR南武線に谷保駅が存在しているが、かつて谷保村を代表する駅だったのだろう……

と思ったのだが、実は谷保村に初めてできた駅というわけではないらしい。

谷保村の歴史を調べてみると、村内に初めて出来た駅というのは 国立駅 だったそうだ。

国立というのはもともとこのあたりの地名ではない。

国分寺駅と立川駅の間あたりに新しくできる駅だからこんな名前にしたらしい。

なんていい加減な命名だ。谷保村にはじめて出来る駅だし、素直に谷保村の名前から拾えばよかったんじゃないのかと思える。


国立駅は箱根土地の宅地開発のために作られた駅で、国立という駅名を命名したのも箱根土地だ。

箱根土地というのはコクド、西武グループの前身となった会社だ。

現在の地図を見てもそうなのだが、国立駅は国立市の北端に近くて、あとちょっと北に行くと国分寺市になる。

実情は谷保村のための駅としてできたわけではなかったんだろう。開発した土地が谷保村にあっただけ。

そこは谷保村の中心ではなかったのだ。


なぜ谷保村は国立町に改名したのかという話だが、

谷保村の方針として国立駅付近の開発に伴い「理想の文教都市」を目指したという経緯があったそうだ。

「くにたちの歴史」を紹介します (国立市)

これから谷保村は国立駅付近の新市街地で大きくなっていくのだと方針を立て、

実際に人口が増加して町になるにあたっては、新市街地の名前である国立から町の名前を拾い直したと。

そういう経緯があったらしい。


こういう例って他にあるのかなと調べてみたら、愛知県の豊田市が引っかかった。

豊田市中心部のもともとの地名は 挙母(ころも) だったんだよね。

実際、かつては挙母市という名前だったらしい。市になるまでこの名前で来てたんだね。

ところが挙母市では読みにくいということで、市を代表する企業となっていたトヨタ自動車に由来して 豊田市 に改名されたのだそう。

特異な命名の市ということで知られているが、その改名の理由が難読というのはちょっと意外だったな。


今は当たり前に思ってる地名でも、ある時期の大胆な命名に由来することはまぁある。

奈良県の橿原市も、橿原というのは神武天皇が作ったとされる橿原宮に由来するが、それは神話の存在で、地名として残っていたわけではない。

八木町・今井町・畝傍町などが合併するにあたって、市の名前に採用されたが、それが初めて地名になったぐらいなのかも。

こんな具合に市町村合併で新しい命名が生まれるのは納得しやすいんだけどね。

そうじゃない例も少しはあると。


Author : hidemaro
Date : 2017/07/08(Sat) 23:07
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