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鉄道博物館に残してあるものごと

今日はさいたま市の鉄道博物館に行っていた。

ここに来るのは初めてだが、かなり昔に父に連れられて東京・神田の交通博物館に行ったことはある。

交通博物館が事実上移転してできたのがこの鉄道博物館だが、事情は複雑で、引越前後で運営者が変わっているのよね。

交通博物館のときは大阪の交通科学博物館、京都の梅小路蒸気機関車館と同じ交通文化振興財団の運営で、当時の本部は東京にあった。

交通博物館が閉館した後、本部を大阪に移して引き続き交通科学博物館と梅小路蒸気機関車館の運営を行い、

先日、両博物館が統合して京都鉄道博物館ができたのは知っての通り。こちらは運営者が変わらず移転・統合をしている。


というわけでJRで大宮駅にやってきた。駅に降りると出口の案内に「ニューシャトル」と「鉄道博物館」が並べて書いてある。

鉄道博物館まではニューシャトルで1駅、ということで実際にはニューシャトルに乗れという案内である。

ニューシャトルと同じぐらい鉄道博物館の案内が目立つというのも不思議な気がするが。

ニューシャトルで1駅、鉄道博物館駅に到着。妙に広い駅だが、改札は狭い。

駅を出るとすぐに博物館の入口だが、なんか行列ができている。

「改札止め?」と思ったが、少し周りを見たら理由が分かった。まだ開館時間じゃなかったのだ。10時開館だったんだね。

それなら大宮駅から歩いてこれば良かった。徒歩15分ぐらいなんでニューシャトルに乗らなくてもいい。

着いてしまったものはしかたないので、周りを少し散歩していた。周辺は住宅街なのでそんなに面白くもないが。

ニューシャトルは新幹線建設時の地元対策でできたとは聞いていたのだが、新幹線の高架の両脇にちょこんと乗っかってるんだね。

鉄道博物館駅の改札内が妙に広いと思ったが、両側のホームの間に新幹線の高架を挟んでたかららしい。そうなのか。


というわけで開館した頃を見計らって行くとすぐに入れた。

ここの入場券はSuicaなどで決済すれば、そのSuicaが入場券になる仕組みになっている。

入退場とも自動改札にタッチして、ついでにいうと特にスタッフに言わずともカードをタッチして出て入れば再入場できる。

それ以外の場合は入場用ICカードが発行され、これをタッチして入る。出口はカードをスタッフに手渡しで返す必要があるのだが。

JRの博物館らしく、中にある売店・レストランなどはすべてSuica対応である。


鉄道車両ってデカいけど、それが軒並み室内で展示されているというのは新鮮だった。

それだけデカイ博物館の建物なのだ。外から見たら化け物みたいな大きさの施設だ。

室外にある車両もあるんだけど、飲食スペースとして使われている車両と動態保存されている車両だけだからね。

大切に保存すべき車両は全て室内にあるのだからすごい。

展示されている車両の古さもいろいろだが、本当に古いのは鉄道黎明期の機関車・客車たちか。

それに次いで電車・気動車が確立されるまでの車両、あとは最近まで現役だったとか、今も現役とかそんなの。

意外だったのは貨物列車の展示が充実していたことで、JR貨物寄贈と書いて、コンテナ貨車、冷蔵貨車がドンと置いてあった。

特急電車・急行電車のあるところにかつての上野駅の列車ホームを再現してあるのもちょっと驚いた。

もはや都市圏輸送に飲み込まれ、有人改札も列車別改札も見られなくなってしまったけど、昔はこんなんだったんだよな。

僕もあまりなじみはないけどね。今後も地域によっては一定残り続けるとは思うけど。

あと、保存車両の中でかなりのスペースを割いて見せていたのが、御料車、これはJR東日本の博物館でしか見せられんだろうなぁ。

御料車というのは天皇・皇族専用につくられた車両で、その用途にふさわしい車両を作り込んでいたわけである。

今は御料車という名前では呼ばれていないけど、JR東日本は1両だけ天皇・皇族専用車両を所有している。

と、そんな意義のある車両たちである。VIP用の車両は数あれど、これほどのものはなかなかない。


この手の博物館には学習ゾーンというのがあるものだが、この鉄道博物館にもある。

直流モーターの制御とかブレーキの制御とか、体験型展示で見せているけど、実はけっこう複雑な仕組みなんだよね。

ブレーキって連結した車両でブレーキ管を引き通してるけど、実はあれってブレーキをかけるときは空気圧を下げるのよね。

もちろんブレーキを作動させるのは空気圧を上げて作動させるんだけど、ブレーキに指示をする管は空気圧が下がるとブレーキになっている。

なぜか? 空気が抜けたときにブレーキをかけるためだ。明示的には書いてないけど、そういうことに気づいて欲しいんだろうなと思いながら見ていた。

直流モーターも印加電圧を変えるために、複数のモーターを直列にするか並列にするかを切り替えたりなんてしているし、

回転数を増やすために磁界を弱めるという操作をしたり、けっこう複雑なんだ。そういうことを教えたいんだろうなと思って見ていたが。

考えようによっては現在主流の方式であるところのインバータで三相交流作って誘導電動機回す方がわかりやすいかもしれない。


そんなことやっていたら博物館の北端にたどりついた。ミニシャトルという無料の乗り物で博物館中央に戻ることにした。

この車両はミニ運転列車の車両と同じ仕組みだそうで、電気の流れる狭い線路の上を新幹線の形をした車両が走るようになっている。

戻ったらちょうど昼時、昼ご飯でも食べるかとレストラン「日本食堂」へ向かった。

この日本食堂というのはかつて食堂車を運営していた会社の名前である。そう、列車食堂のメニューを模したレストランなのだ。

日本食堂という会社は現在も社名を変えて残っている。現在の社名は 日本レストランエンタプライズ (NRE)である。

この会社の現在の主な事業内容はJR東日本の車内販売、駅弁の販売で、北斗星・カシオペアの食堂車も廃止までNREがやっていた。

いやー、車内販売の会社にしては 日本レストランエンタプライズ って変わった名前の会社だなと思ってたんだけど、元は列車食堂の会社だったのか。

当然、この「日本食堂」を運営しているのはNREである。列車食堂の保存に貢献していると言ってもよいのではないかと。

夜行列車の食堂車は北斗星・カシオペアの廃止までは生き残っていたけど、昼行列車の食堂車は伝統的なものは失われて久しい。

食堂車は明確になくなったとは言えないんだけど、実態としてはね。

なお、博物館内にはいくつか駅弁屋がある。これもNREが「日本食堂」の看板を掲げてやっている。駅弁屋は今でもこんなのが主要駅にはあるよね。


あれこれ見ていて思ったけど、一見すると、まだ現役、最近まで現役と思えるものもけっこう多いのよね。

関東圏は車両もサービスも移り変わりが早いから、だいぶ昔と言えるところまで来ている部分もあるのかもしれないけど、

こんな車両どこそこで走ってたようなとか、今もどこそこの駅はこんなんだぞ、とかそういうのはあるのが実情だと。

そんなことを言いつつも、今でも歴史を語る上で役立つのは間違いないし、将来、大きな意味を持つことは容易に想像できる。


鉄道は今も実用されてるもので、変わり続けているものですから。

展示できる車両は基本的には退役した車両だけど、今に近い車両でも展示することにはけっこう意味はあるんじゃないかなと。

もしかしたらそのうち ハイブリッドカー実用第1号 とかやってくる日も来るかも知れない。

今は現役バリバリで走っているから、来るとしても何十もずっとずっと先の話だろうけど。

その頃にはここにいる、まだ最近の車両と思える車両たちもなおさら古くさく見えるようになるんかね。


Author : hidemaro
Date : 2016/05/15(Sun) 23:40
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