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途中下車印を押さないのはいかがなものか

今回、長野から新潟・鶴岡・田沢湖・平泉と途中下車しながら進んできたのだが、

JR東日本の駅員にはいい加減な人も多いと思った。

なにしろ途中下車印を押さない人がけっこういたのだから。


途中下車した場合、乗車券に途中下車した印として途中下車印を押すことになっている。

この途中下車印を押さない駅員がけっこういて、ある駅では「途中下車印押します?」と聞いてくる始末。

ここで「いらない」と言ったら押さなかったのだろうか? そういうもんではないと思うのだが。


途中下車印というものがなぜ必要か?

実は乗客としては途中下車印が押されないことによる不利益はないのだが、けっこう重要な役目を持っている。

途中下車せずに列車で移動する場合、乗車駅でスタンプとかパンチで使い始めの印が入った後、降車駅できっぷは回収されて役目を終える。

一方、途中下車する場合、途中下車した駅ではきっぷは回収されない。

もしここで途中下車印を押されていなければ、どこまで使ったのかわからない。

例えば、大宮→八戸のきっぷで、盛岡で途中下車したとする。

盛岡で途中下車印を押されなければ、宇都宮できっぷを見せたら再度、宇都宮から盛岡方面に利用できるかもしれない。

まだそれだけならよいのだが、JRでは途中下車出来る乗車券は未乗車の区間が100km以上残っている場合は払い戻しができる。

盛岡で途中下車しておきながら、「宇都宮で途中下車してその先は都合により使わなかった」と申告したら、この分が払い戻される可能性がある。

途中下車印を押さないということは、このような不正にもつながりかねないことなのである。


とはいえ、押されないことにより乗客が不利益を受けることはないので、どうしても押すようにとは依頼したことはない。

かつて、熊野那智大社に行くために那智駅で途中下車したときのこと(cf. 和歌山から那智山へ新宮へ)、

那智駅は無人駅で、ワンマンカーなので途中下車を申し出るのも運転士だったわけだが、

運転士に途中下車を申し出ると、そのままどうぞと通されるわけである。これは仕方ないと思った。

確かに「那智駅途中下車」とか書いて印鑑を押すなどして途中下車を記すことは不可能ではのだが、わずかな停車時間には無理だろう。

それ以外のケースはいずれも駅員に申し出ているわけで、そこにスタンプあるのになぜ押さない、それでよいと思ってるのか? という話である。

そんなことを駅員に言いつけたことはないけれど、心の中ではそう思っている。


時にJR東日本はいい加減だなと思うときがあって、不利益になる対応をされたことはあまりないが、なんだかなぁとは思う。

いなほ号に乗ったときに車内改札がなかったのも、そういうエピソードの1つである。

車内で特急券のチェックがないということは、実は特急券なしでも乗れたのでは? と思ってしまうのである。

だからといってズルをしようとは思わないけど、そういうことができそうというのは気分のよいものではない。

しらさぎ号での車掌の姿を見ていると、これはまじめに特急券を買って乗らねばと思うものである。

たびたび車掌が回って、きっぷを見ては利用区間をメモして、特急券を持たない人には短距離利用でも取り逃さず売りつけているわけだから。

これ、いなほ号をよく使っている人はどう思ってるんだろうね。いつもこんなのだとザルだなと思うのが道理だが。


Author : hidemaro
Date : 2016/05/08(Sun) 21:18
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