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三保半島を行く

昨日は終演後に島田までやってきて泊まった。

島田市って大井川の両側にまたがっていて、ということは駿河と遠州どちらの地域もある。

大井川が渡れるようになった今となっては、大井川よりやや西側、電車で言うと菊川~金谷(島田市)が行政上の区切りになっている。

そのため島田市は静岡市などと同じ中部のグループに属しているとされている。そういうもんなんですね。

この間に何があるのかというと牧之原台地で、かつては不毛の地と知られていたそうだが、今は茶の栽培が盛んに行われている。

島田市は茶業の町をアピールしており、島田駅で降りると「島田市緑茶化計画」など茶にちなんだ掲示が多数あった。


今日は東に向かって進むが、主な目的地は清水、その前に東静岡駅で途中下車をした。

特にこれといったことはないのだが、東静岡駅の北側を見てみると「BANDAI」と書いた建物が。

これはバンダイのプラモデル部門などを分社化したBANDAI SPRITSの開発・製造拠点である。

プラモデルといえば、タミヤもこのあたりに本社を置いており、プラモデルは静岡の地場産業の1つとして知られている。

それにしてもなんで静岡? と思うんだけど、実は静岡県は林業が盛んだったことに付随して木工が盛んな土地だったのだ。

今はプラモデルだけど、もともとは木製模型だった。実はそういうことだったと。

似たようなことがヤマハ、河合楽器、Rolandと楽器メーカーが集中する浜松にも言える。

ヤマハと河合楽器が最初に手がけた ピアノ は間違えなく木工ですよね。専ら電子楽器のRolandは木工関係ないけど。


再び電車にのってたどり着いたのが清水駅、静岡市清水区(2003年まで清水市)の中心駅である。

清水は港町で多くの船が行き交っている。漁港としての機能もあるが、基本的には貿易港みたいですね。

どうして清水にやってきたのか。それは清水駅から見てすぐ対岸、三保半島にお目当てがあったからだ。

清水駅付近から三保半島へは水上バスが出ている。平日は1時間に1本だが、まぁ最短ルートだろう。

ただ、ここが落とし穴で、実は 江尻(清水駅前)→日の出→三保→江尻 の三角運航を行っている都合、往路は遠回りなのだ。

そんなことしてる割には日の出桟橋での乗降がないので手応えがない。

ちなみにこの水上バスを運航している会社はエスパルスドリームフェリーという鈴与グループの会社。

鈴与というと高速道路を走っているとトラックや沿線の倉庫で名前を見ることが多いが、清水を拠点としている運輸業である。

清水港に泊まっている船に鈴与のマークが付いていて海運業もやってるんだとか、あとフジドリームエアラインズでは空運業もやっている。

船という点ではこの水上バスもそうだが、駿河湾フェリーもやっていて、利用低迷から実質公営化されたが、引き続き運航には関わっているそう。

あと、プロサッカーチーム「清水エスパルス」のスポンサーですね。傘下の船会社にエスパルスって付けてる時点でわかるが。


もう1つ、この水上バスには落とし穴があった。それは最初に行こうと思っていた三保の松原は三保桟橋からけっこう遠いということ。

お散歩しながら行けばと思ったが、三保半島って工場ばかりでそんなに歩いて楽しいわけでもない。

三保桟橋から東にしばらく歩くと、バスが複数台停まっているところがあって「三保車庫」というバス停が。

どうも清水駅~三保車庫はバスが多く設定されているようである。(そこから先に進むバスは毎時2本程度)

ということは少なくとも三保の松原がお目当てならこのバスの方がよっぽど便利だったのだ。水上バスが遠回りする往路ならなおさら。

いろいろ歩いていたが、やはり津波の避難先に乏しいということで、津波避難タワーがいくつか見えた。

防潮堤の整備も進められている。工場や住宅も多いので、できれば命だけでなく財産を守れるように防潮堤への期待もある。

そのため、長い歴史があったはずの「塚間の渡し」の桟橋も防潮堤で閉ざされていた。

現在は朝夕のみ運航、工場の間に乗り場があることからすると今は通勤船なんだろう。それだと昼間は使いませんから。


えらい歩いたが、そこからほとんど真っ直ぐ歩くと三保の松原に到着した。

三保の松原といえば、富士山が世界文化遺産に登録されるに際して、構成資産から除外されかけたことが話題となった。

結果的には構成資産の1つとして登録されたのだった。富士山を眺める景勝地というのが登録の意義である。

昨年開設された「みほしるべ」という施設内の説明によれば、三保の松原 は概ね3つの制度で保全されているそうだ。

1つ目は名勝、天橋立と並んで名勝指定第1号だったとか。2つ目が県立自然公園、3つ目が潮害防備保安林である。

それぞれ観点の違いはあるが、継続的な保全活動が行われている。

難しそうだなと思うのが砂浜の保全で、日本では消波ブロックを積んである海岸をよく見るし、三保の海岸でも使われているが、

やはり三保の松原の中心となるエリアでは景観上の問題があるのでおおっぴらには使いにくい。かといって何もしないと侵食されるばかり。

そこで景観と砂浜の両方を保護するために導入されたのがL型突堤というもの。いろいろ工夫されてるんだなとは思った。

松の保全という点では、海岸を歩いていると 松葉かき をしている人がいた。

松葉が溜まって、それが腐ると、草が生えたりして松にとって好ましくないようである。


海岸をひたすら歩いて、三保の松原も場所によっては薄っぺらいもんだなとは思ったが、

それでも海岸沿いずっと続いているのは、人々の努力があるのだろう。民有地も多いんですよね。

そんなこんなで三保半島の先っぽの方にたどりついたが、ここにあるのが東海大学海洋科学博物館・自然史博物館である。

東海大学は海洋学部のある校舎を三保半島に置いている。実は三保の松原の民有地の一部は東海大学所有地だそう。

この海洋科学博物館は一般的には水族館と知られている。(バス停の名前も「東海大学三保水族館」である)

確かに水族館がメインではあるのだが、2階は科学博物館として海や船などに関わる展示が行われている。

1階の水族館も、駿河湾で収集した深海生物は標本を多く展示してあり、水族館というには少し独特なところもある。

ここら辺は大学の博物館らしいところもあるような気がする。


自然史博物館はあまりそことは関係なく、恐竜の骨格標本の展示が目玉になっている。

自然史博物館の存在はここにやってきてから気づいたが、セットの入館券が海洋科学博物館単独とそんなに変わらなかったのでついでに。

ただ、これ自体はもともと東海大学にあったものでもないようで、1階の「静岡県の自然史」というところにこの博物館の活動がよく見える。

三保半島は安倍川を流れてきた砂が海岸にたどり着いてできたとされているが、なぜそんなことができたのだろうか。

いろいろ理由はあるのだが、安倍川が急流で土砂崩れが多いということで、大量の土砂が供給されていたかららしい。

ただ、このままでは大雨で土砂災害が起きて大変なので、砂防ダムの整備や護岸整備が進められてきた。

その結果、土砂の供給量が減り、三保の松原の砂浜が衰退する原因となっている。現在は安倍川の河道掘削で出た土砂を海岸に投入している。

静岡県で地層などの調査も行っているが、貝殻の化石を多く収集していて、やっぱり海なんだなぁと。


そんなこんなで、三保桟橋から水上バスの最終便に乗り、帰りはまっすぐ清水駅近くへ。

ここから電車でさらに東へ進み、沼津からは御殿場線に乗り換える。

御殿場線はかつての東海道本線、箱根越にかえて、足柄道ルートへ迂回した区間を指している。

迂回して楽だったのかというと、それでも勾配がきつく、汽車の時代は追加の機関車を付ける対応が必要だったという。

この問題を解決するためにトンネルをぶち抜く熱海経由のルートを作ったのだが、

大変だったのが丹那トンネルの建設で、このときの失敗とその後の挽回の経験が今のトンネル建設に生きているとされている。

現在の御殿場線は普通の通勤・通学路線という感じである。利用者はそこそこいる。

小田急との接続駅の松田駅まで乗車した。やはり松田駅で乗り換える人は多かったですね。


そんなわけで1泊2日の静岡旅行だった。

思ってたより発見が多い旅だった。もともと4連休だったってのはあるけど、行ってよかったなと。


Author : Hidemaro
Date : 2020/02/10(Mon) 23:38
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