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通勤電車で行く静岡県

朝7時すぎに家を出て、東急経由で横浜駅にやってきて、ここから東海道本線の旅が始まる。

新幹線ではないどころか、新宿から湘南新宿ラインでもない。本数と運賃の問題ですかね。

ひたすら通勤電車の旅である。


熱海までの電車はグリーン車もありますけどね。ただ、この時間帯の電車はわりとガラガラである。

平塚を出るとなおさら乗客が減って、海沿いを走るのどかな雰囲気。

小田原までは概ね東海道に忠実に行くが、ここから熱海へ行くのは鉄道特有である。

熱海にたどりつくと、向かいの島田行きに乗り換える。そして、長い長い丹那トンネルを越える。

熱海はかつて伊豆国に属していたが、同じ伊豆の三島などへは山越えが大変なので、相模湾沿いに小田原などとの行き来が多かった。

今もそうで熱海についた電車を降りた人の多くは、下田方面への乗換をするようだった。海沿いの往来の方がはるかに多いと。


静岡県内の東海道本線は区間により本数の差はあるが、熱海~三島は一番細くて毎時2本程度、多いところでは昼間でも毎時6本の電車が走っている。

ここが通勤電車の行き交う路線になったのは1980年代のことだという。それ以前はここまで本数は多くなかったという。

基本的に全て各停で本数を稼ぐというスタイルは、1980年代に確立され、現在にも引き継がれているという。

通勤電車としてはなかなかよいのだが、青春18きっぷを利用したりして普通列車を長距離利用する人にはあまり評判がよくない。

いくつか難点があるのだが、熱海・三島~島田 と 興津~浜松 の2系統のセットが基本なので、熱海~浜松ではたいていどこかで乗換が必要になる。

ついでに、浜松~豊橋も多くはこの区間だけのシャトル電車が多いので、やたら乗り換えさせられるという印象はある。

長距離利用を想定していなかったので、かつてはトイレなしの電車が多かったそうだ。現在は長距離利用がいることも考慮してか多くはトイレ付きだそう。

途中下車の旅をするなら時刻表見なくても進めて便利だと思うんだけど、通り過ぎるのは少しつらいと。


興津駅を過ぎたあたりから車内は少し混み始め、静岡駅に到着した。ここで途中下車する。

静岡で途中下車するのは初めてかな。降りるとけっこうな大都市だなと思った。さすがは指定都市になるだけのことはある。

静岡駅から北西方面に進むと、右に県庁、左に市役所・区役所が見えるところがある。

話には聞いていたが静岡県庁は要塞のようである。

城跡に置かれた県庁はいろいろあったが、ここまではっきりわかるのはそう多くない。福井県庁(完全にお堀の中)の次ぐらいには城跡っぽい。

要塞らしさを醸し出す要素は他にもあって、あまりにも頑丈そうな建物がぎっしり建っているところ。

東海地震の想定震源域に近いこともあって、万が一のときにも静岡県の行政の中心を担えるように、耐震性能が大変高いそうである。


もっとも城跡を利用した駿府城公園の真横にこれは景観上どうなんだと思わんこともない。

それが静岡の景色なんだと言われたらそうなのかもしれないけど。

駿府城はかつてここにあった城の名前。駿河国の府中にあったからこの名前だと。

実は静岡という都市の名前は明治以降に付いた名前である。

駿府城公園では天守台の発掘調査を行っているが、実は明治時代に城にあったいろいろなものが壊されたと。

天守台については、石垣や土砂を掘の埋め戻し材に使ったようで、一見跡形もなくなっていた。

発掘現場は埋め戻し材に使われた石や土砂が積み上げられ、あらわになった石垣の姿や、出土品を調べているようだった。

発掘調査の結果から天守台跡エリアの今後の整備方針を決めるとのこと。


駿府城公園には、巽櫓・東御門、紅葉山庭園、坤櫓の3つの有料エリアがある。

セット券を買うとさぞ安いのだと思ったら、合計の1割引なのね。大したことなかった。

巽櫓・東御門・坤櫓はいずれも復原建物ですね。中は展示施設になっている。

駿府城公園を楽しむにはなかなかいいと思いますよ。なにしろなにもかも壊された城跡ですからね。

そんなことをしていたら、そろそろ行かないと開場時刻になっちゃう。


再び、静岡駅から浜松方面の電車に乗る。ここから1時間ほどである。

大井川を渡って遠州に入るが、ここらへんは駅間がやたらと長い。やっぱり同じ静岡県でも国境はこうなるんですね。

軍事上の都合、大井川は架橋できず、担いでもらって渡ることになっていた。明治になって架橋され、同じ県となってやっと交流が増えたんですかね。

新幹線接続駅の掛川駅でガサッと乗り込んできたが、次の愛野駅で一緒に降りるのが大半だった。

愛野駅の北口には「小笠山総合運動公園」と書いてある。その下に「エコパスタジアム・エコパアリーナ」と小さく書かれている。

小笠山総合運動公園は正式な施設名だが、実際にはエコパの愛称で呼ばれることが多くなっているような気がする。

それならエコパの方を大きく書いたほうがよさそうだが、公園入口も正式名称しか書いてなかったし、そういうもんなのかね。


エコパスタジアムには2002とかたどったレリーフがあった。2002年といえばサッカーワールドカップ、それ合わせで作ったんですね。

昨年のラグビーワールドカップでも会場となり、日本vsアイルランドの舞台として注目を浴びた。

あと、2003年に静岡県で国民体育大会があって、そのときにはスタジアムがメイン会場に、アリーナも使われたのかな。

それにしても、会場の前の行列がやたらと長い。いくらなんでもおかしいだろと。

そしたら、どうも機材トラブルで開場が1時間遅れになると連絡が。なんだと……

所定の開場時刻のおよそ1時間後、列が動き出したが、そこからはとにかく急いで入れと。それでも開演は1時間遅れだった。


幸いだったのは、このライブが間髪開けずにやるスタイルで、アンコールももともとないと断言していたことだった。

予定より若干詰めたのだろうが、それでも想定よりは30分程度の遅れで済んだというのが大方の見方だろう。

終演後、愛野駅に歩いて行くと、同じホームへ行くはずの階段が浜松方面と掛川・静岡方面に分けられている。

どうもホームの前後を浜松方面用、静岡方面用に分けることで実質的にホームの待機スペースを増やそうということらしい。

これといった増発も増結もなさそうだったが、通勤電車スタイルなのが幸いして大きな混乱はなかった。


機材トラブルという波乱、あとグッズ販売がひどい混雑だったとか、困った話もあったようだが、

なんやかんやと用意した座席もだいたい埋まっていたので興行的には成功か?

自分が一般販売になってから買って、そこより後ろとかの人はそれよりさらに後で買った人かなと思ったけど、それが想像以上に多かった。

新しいファンの開拓にも役立ったのかな? やはり現地に来てこそというのはありますから。

RAISE A SUILENのライブを実際に見たのは、ちょうど1年ちょっと前の両国国技館でのこと。

もとはバックバンドだった

あの頃よりずっとファンは増えたなと思ったが、やはりそこには自分たちの地位を確立するための努力があるなと思う。

そんなことは昨年のアニサマの評判とか、あるいは副音声でのプロデューサーの解説とか聞いてても思ったことなんだけど。


Author : Hidemaro
Date : 2020/02/09(Sun) 23:54
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