日記帳だ! with Tux on Libserver

二度目の大改造!! 日記帳…か?を継承し、より柔軟でパワフルなBlogに変身しました。

RSSに対応しています。リンク・コメント・トラックバックは自由にしていただいてほぼ問題ありません。
RSS購読方法、僕のリンク・コメント・トラックバックについての考えを読むことをおすすめします。

<< 過去

未来 >>

名古屋市の博物館・美術館

昨日は豊山町と犬山まで足を伸ばしていたが、今日は名古屋である。

そんなわけで、地下鉄に乗って桜山駅まで。

どちらかというと郊外という印象のある瑞穂区にやってきたのだが、実はここが名古屋市博物館の最寄り駅だという。

なんでこんなところに博物館なんだろ、と思いつつ降りると、どうも名古屋市立大学の最寄り駅でもあるらしい。

だが、別に大学の敷地に同居しているわけでもないらしい。

うーん、と思いながら博物館という案内に従って歩くと、巨大な体育館のような建物が見えてきた。これは博物館である。


常設展に入ったわけだが、常設展の名前は「尾張の歴史」と名古屋市の博物館にしてはちょっと大きなタイトルである。

確かに名古屋市に限らず尾張の歴史・文化を伝える資料が多く展示されていた。

ただ、全てが尾張なのかというと、少しは三河に関係する資料もある。同じ愛知県だしね。


おしゃべりなボランティアガイドが喋りかけてくるから、いろいろ話を聞いていたのだが、

名古屋市博物館は県立博物館のない愛知県にとっては、もっとも充実した歴史系の博物館であることは確かで、

それで名古屋市に限らず尾張の歴史・文化を伝えようとしているのだが、一方で同じ愛知県でも三河についてはあまり注目していない。

隣接した地域である割には、国境を挟んでの断絶が大きかったようである。それも今は昔でしょうけど。

尾張というのは濃尾平野が広がり、稲作が盛んに行われていた土地である。その代わり低地なので災害には見舞われたが。

三河は山がちで地理的な分断が多く、江戸時代には政治的な分断も多く、第一次産業がメインだった頃の価値観ではあまり恵まれなかったという理解なんだろう。

ただ、その後の工業化ではむしろ三河の方が中心的に発展していき、多くの工業都市を抱える地域になっている。

いずれにせよ、名古屋が尾張の中心として発展していくまでのストーリーを示すのがこの博物館の役割なのは確かなようだ。


もう1つ、ガイドにも言われて、確かにそうだと思ったんだけど「複製」ってなっている展示物が多いんだよね。

本物揃いなのは陶磁器の類ぐらいかもしれない。現代も窯業が盛んな尾張地域らしい展示ではあるが。

複製となっている資料にはもちろん本物があるのだが、本物を取得できていない、あるいは寄託などされていても展示に適しない事情もあるようだ。

まぁ複製も悪いことばかりではなく、特に紙の資料だと、長期展示には適しないので、本物を展示するとすれば頻繁に展示替えをしなければならない。

それでも尾張の歴史を十分描けるだけの所蔵品があればよいが、なかなかそれは難しいでしょう。

ただ、やっぱり魅力的な博物館という点では課題があるというのがガイドの理解ではあるようだし、

都心から離れたここまで足を伸ばしても見てみたいと思えるものにするには工夫が必要なのかなと。


寄り道しながら次に向かったのは白川公園、

巨大な名古屋市科学館があることで有名だが、もう1つ、名古屋市美術館も敷地内にある。

名古屋市美術館は「あいちトリエンナーレ」の会場の1つとなっている。

基本的には特別展示室を使っているのだが、一部の展示物は外に置いてある。

とはいえ、今回の目的はコレクション展なので、あいちトリエンナーレを感じたのはそれだけなのだが。


やはりこういう美術館というのは地域ゆかりの作品がある程度展示されているものだと思ったのだが、

「郷土の美術」というコーナーは最後の1部屋、そんなに多くはない。

最初に通されるのが「現代の美術」というのは意表を突かれたが。時代的な順序ではないらしい。

その脇に「エコール・ド・パリ」と「メキシコ・ルネサンス」というコーナーがあって、最後に「郷土の美術」となっていた。

メキシコ? という感じがするけど、メキシコで学んだ画家、北川民次にちなんで収集しているらしい。

意外な美術館だったが、こういうのも見てみないとわからん話だなと。


バスまで時間に余裕があったので、白川公園から名古屋駅まで歩いていた。

白川公園の最寄り駅は一般的には伏見駅だが、徒歩8分と少し離れている。

地図で見ると名古屋駅まで真っ直ぐ行けば近そうなので、バスを調べたが本数が1時間1本と少ない。

それで真っ直ぐ歩くとどんなもんなのかと歩いてみたが、名古屋駅が見えてからけっこう時間がかかった気がする。

そんなこんなで名古屋駅からバスに乗って東京へ、いつもように用賀PAで降りて乗り換えて家まで帰ってきた。

これで夏休みの旅も終わりである。


Author : hidemaro
Date : 2019/09/06(Fri) 23:41
社会 | Comment | trackback (0)
blog comments powered by Disqus

トラックバック

トラックバックURL取得

Tools