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飛行場と城下町

今日は夜に名古屋でイベントだけど、その前に名古屋から少し足を伸ばしていた。

というわけで、地下鉄名城線で平安通駅にやってきた。

ここから上飯田線に乗り換えるのだが、なんとこの上飯田線はたった1駅間の公営地下鉄である。


1駅間といっても、そこだけ走っているわけではなく、上飯田駅から先は名鉄小牧線に入る。都心側1駅間が市営ってこと。

どうしてこんなことになったのかという話だが、どうももともと上飯田駅は市電との乗換駅だったらしい。

ところが市電がなくなり、上飯田駅は何の鉄道とも接続しない終着駅になってしまった。

名鉄小牧線は名古屋側に他の接続駅がないので、名古屋側は完全に孤立した路線になってしまっていた。

市電廃止後は仕方なく上飯田~平安通を10分ほど歩く人が多かったらしい。

この問題が解決したのが2003年の上飯田線開通で、味鋺~上飯田は名鉄の路線として改築、上飯田~平安通は市営地下鉄の路線として開通した。

市電がルーツだったから市営だったってことですね。平安通まで行けば、どうせ名城線に乗り換えるわけだからその点でも不都合はない。


その名鉄小牧線で味美(あじよし)駅で降りた。

最初の目的地はエアポートウォーク名古屋、名古屋空港隣接地にあるショッピングモールである。

味美駅は一応名古屋空港の最寄り駅のはずなのだが、跨線橋は階段のみ、事務室もない無人駅(自動化はされている)、なんだこれは。

バスもあるのだが、勝川駅からのバスが近くの道路を通るだけで、その本数も少ないので歩く。

しばらく歩くと、北側に開けた土地が見える。これこそ名古屋空港(名古屋飛行場)である。

このあたりで空港の表玄関にあたる豊山町に入る。

小牧空港という俗称もあるが、実は飛行場の敷地の大半は豊山町で、旅客ターミナルも豊山町にある。

なのになぜ小牧空港という俗称なのかというと、航空自衛隊の施設名が小牧基地で、実際に小牧市側に門がある。

小牧基地側を見てみるとずんぐりとした輸送機が停まっている。小牧基地の役割の1つが輸送機らしい。


エアポートウォーク名古屋だが、一見するとただのアピタっぽいが、所々不思議な構造が。

実はこれ、もともと名古屋空港の国際線ターミナルビルだったものを流用している。

1999年開設、2005年にセントレア開港でターミナルビルとしての役目を終えた。(国内線ターミナルは改装され現在も使用)、

その後、2008年にショッピングモールとしてオープン、もうこの建物はモールだった期間の方が長い。

ここに隣接して「あいち航空ミュージアム」という愛知県の博物館が2017年にできたのだった。


どうしてこんな博物館を作ったのかというと、飛行場隣接地にある三菱重工の工場が関係している。

戦前から現在まで、愛知県が日本の航空機産業の中心的なところという思いがあるようだ。

現在の目玉の展示物はなんといってもYS-11(航空自衛隊で2017年まで運用)だけど、これも最終組立は隣接地で行われた。

だからYS-11にとっては里帰りだったんですよね。

その他、愛知県ゆかりのMU-300(ビジネスジェット機), MU-2(プロペラのビジネス機), MH2000(ヘリコプター)、高校生の作った名市工フライヤー、そして零式艦上戦闘機の模型と。

将来的にはMRJ 改め 三菱スペースジェットM90の試作機の展示も予定されているようだ。

まだ発展途上の博物館という印象も受けたけど、飛行機の模型展示とか含めて過去から未来までつながる博物館だったと思う。


エアポートウォーク名古屋では、博物館の入場券を見せると飲食店などで特典がある。

わざわざそんなサービスを、と思ったらどうも映画館の半券を見せると……と同じ特典らしい。

レシートに書かれた割引表示が「映画券」だったことからわかる通り、映画に準ずるということだ。

帰りは歩くのめんどくさいしバスに……と時間を合わせてバス乗り場に向かったらタッチの差で逃げられた。

バス停がわかりにくくて……というわけで帰りも歩いて味美駅へ。

ところで味美駅が空港の玄関口っぽくない理由だが、おそらく2003年の上飯田線開通まではさっぱり役に立たず、開通後まもなくセントレアが開港したからだと。

伝統的に少し離れた西春駅が最寄り駅とされてきて、今もバスの本数も比較的多いが、裏返せば味美駅は近くても使えない駅だったということ。

でも名古屋都心から直接バスで来るのが一般的だし、所要時間的にもそっちの方が有利。


じゃあなんで小牧線で来たんだって話だが。それはもともと犬山に行く予定があったから。

というわけで小牧線の終点、犬山駅で降りて、城下町犬山を歩く。

犬山というと犬山城なのだが、現存する天守では日本最古という話もあり、国宝に指定されている。

最近では2018年に城跡自体が史跡に指定されている。

犬山城は明治維新後、愛知県所有になったわけだが、一方で役所などが置かれたわけでもなく、天守だけ残して、あとは公園になっていたらしい。

ところが、1891年の濃尾地震で天守が壊れ、その後、元藩主の成瀬家へ無償譲渡され、修理された。2004年に法人化されるまではずっと個人所有だったんだとか。

一方で、文化財保護法の管理団体は犬山市になっていて、現在行われている工事も発注者は犬山市である。

もっとも、明治時代にすでに天守を市民にも公開していたほど市民に開かれた城ではあったようで、

城主・行政・市民が連帯して守ってきた城という側面もけっこうあるようだ。


そんな犬山城は修理中なのだが、8~9月は3階以上が工事のため入れない。

が、そこまでなら入れるし、なんなら入場料が無料になるということで、そんなに悪くない。

そんなわけで城に入っていくわけだけど、途中に空堀があったり、なかなかの構造。

その城の裏側は木曽川ということで、いわば超巨大な掘である。

工事中で眺めは楽しめないが、まぁそれはそういうもんだし。その代わり瓦を剥がして修理している姿が見られる。


その犬山城の北西に木曽川を渡る「ライン大橋」というのがある。

橋という名前だが、実は犬山頭首工という農業用水の取水施設で、その管理用道路を渡れるようにしてあると。

川をせき止めて、必要量の水を用水路に取れるようにしている。

その説明が川を渡った各務原市側に書いてあったけど、農業用水の取水に付随していくつかの役目がある。

1つが景観の保全で、犬山頭首工の上流には犬山城があり、水面に城が映る姿が美しい。

さらに上流でせき止めると、こうはいかないので、地盤などの条件と共に景観の条件も付けたそうだ。

さらにせき止めたことで、上流側の水位が安定するので、川下りや鵜飼いの船の安全航行ということで、

観光振興・文化伝承というところにも役目を発揮している。

まぁ付随的なものではあるのだが、意外と犬山にとっては役立っている施設のようである。

ちなみに「ライン大橋」のラインとは、このあたりの木曽川をヨーロッパのライン川になぞらえて「日本ライン」と言っていることに由来する。


そうして各務原市の新鵜沼駅から、電車で名古屋へ向かったのだった。

新鵜沼駅に来るのは富山行きの途中で乗換の時に寄って以来か。(cf. 高山経由の富山行きは絶景三昧)

なんか見たことあるようなと思ったら、そういえばと思い出した。


Author : hidemaro
Date : 2019/09/05(Thu) 23:55
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