日記帳だ! with Tux on Libserver

二度目の大改造!! 日記帳…か?を継承し、より柔軟でパワフルなBlogに変身しました。

RSSに対応しています。リンク・コメント・トラックバックは自由にしていただいてほぼ問題ありません。
RSS購読方法、僕のリンク・コメント・トラックバックについての考えを読むことをおすすめします。

<< 過去

未来 >>

北里といえばワクチンだった

2024年発行予定の新紙幣のデザインが発表された。

もう変わるのかと思ったのだが、2024年には現紙幣(2000円札以外)の発行が始まって20年なんですね。

2000円札から導入されたパールインキが全紙幣に導入され、5000円・10000円ではホログラムが導入された。


その新紙幣の肖像には、10000円札は渋沢栄一、5000円札は津田梅子、1000円札は北里柴三郎とのこと。

渋沢栄一は過去にも肖像画に採用候補になっていたようで、何度か印刷局に写真の貸出が行われていたらしい。

1万円札の渋沢栄一、1000円札で伊藤博文と競って落選した理由は「ひげ無し」 (毎日新聞)

第一国立銀行(→みずほ銀行)を創設し、多くの企業の起業に関わった人で、まさに紙幣に描くにはふさわしい気がする。

津田梅子も教科書で必ず取り上げられている人だと思う。

女性が紙幣の肖像として描かれるのは現5000円札の樋口一葉が初めてだった。(ただし、2000円札には肖像ではないが紫式部が描かれている)

写真が残っている同時代に活躍した女性というのはなかなかいなくて、人選は限られたようだが、納得の人選である。


1000円札に採用される北里柴三郎、世間的な知名度はどうなんだろう?

僕はこの名前を聞いてすぐにピンと来たんだけど。

僕がこの人の名前を知るきっかけは予防接種なんだよね。

いつ気づいたんだろ? 母子健康手帳を見るとインフルエンザワクチンとおたふく風邪ワクチンで「北研」と書いたLotシールが貼られてるのは確かなんだけど。

ワクチンの製造者が「学校法人北里研究所」というのを知って調べるとすぐに行き着く。

北里研究所の創設者で、感染症や免疫の研究に活躍したのが北里柴三郎である。

ただ、1つ勘違いがあったのは読みで 北里 は「きたさと」と読むこと。


それにしてもワクチンの製造者が「学校法人北里研究所」というのは、ちょっと不思議である。

まず、どうして研究所がワクチンの製造をしているのかということである。

同様にワクチンの製造をしていた研究所としては、化学及血清療法研究所(化血研)と阪大微生物病研究会(BIKEN)がある。

いずれも大学の研究所に由来する団体である。特にBIKENは現在も大学の研究所と同居して事業を行っている。

ちなみに北里研究所が学校法人という体裁を取っているのは、2008年に社団法人北里研究所と学校法人北里大学が合併したことに由来する。

北里大学は北里研究所が設立した大学なので、もとは大学の研究所ではないけど、今の北里研究所の研究機能は大学に編入されているようだ。


予防接種に使われるワクチンというのは、確かに社会的意義の高いものだけど、それにしてもとは思う。

調べてみると、北里研究所のワクチン製造は、国営事業に由来するものだったらしい。

北里研究所のルーツは「伝染病研究所」という研究所で、当初は私立の研究所だったのだが、まもなく国立になり、

その中で痘苗製造所と血清薬院を合併して、ワクチンや抗血清の製造部門を持つことになった。

ちなみに北里柴三郎の業績として知られているのが、血清療法の開発で、抗血清というのはその製品化である。

この伝染病研究所は現在は東京大学の研究所と国立感染症研究所に引き継がれているのだが、

この過程で1914年に北里柴三郎は所長を辞任、それに連れて職員が辞任し、その人たちが設立したのが北里研究所である。

というわけで、北里研究所というのは、伝染病研究所の正当な後継ではないんだけど、人的には伝染病研究所を引き継いで作られた研究所だ。


北里研究所のワクチン製造もこの時期から始まっていたようだ。

伝染病研究所と北里研究所がワクチン製造の多くを担っていた時代も長かったようだ。

なお、伝染病研究所のワクチン製造は、国立感染症研究所に継承されていることになっているのだが、

実態としては国立感染症研究所はワクチンの製造はしていなくて、ワクチンの国家検定を担っている。

ある時期にワクチンの開発・製造は民間団体が行い、国の研究所は必要な検体の提供や品質保証を行うという役割分担になったようだ。

北里研究所もそこでワクチン開発・製造を担う団体の1つとして、長らく活躍してきた。


ただ、現在は北里研究所はワクチン製造を行っていない。

2011年に北里研究所はワクチンの製造を第一三共との合弁会社、北里第一三共ワクチンに移管した。

ワクチンの商品名も「北研」と付いていたのが「北里第一三共」に変更されていたよう。

この時点では北里研究所を連想することもできたかもしれないが、

2017年に北里研究所は北里第一三共ワクチンの持分を引き上げ、今年4月に第一三共に吸収され消滅。

ワクチンの商品名も「第一三共」に改められ、今後は北里の名前の付いたワクチンを見ることはなくなる。

僕のようにワクチンがきっかけで北里研究所を知る人は出なくなるということである。


ワクチンや抗血清というのは、今でいうところのバイオ医薬品の先駆けとも言える存在で、

第一三共が北里研究所のワクチン部門を引き取った背景には、バイオ医薬品の時代になってきたという事情もあるのかもしれない。

他のワクチンを製造する研究所として先に書いた、化血研とBIKENだが、

化血研については、製造方法を無断変更していた問題の影響もあって、去年「KMバイオロジクス」に事業を譲渡した。

こちらも商品名に付いていた「化血研」は「KMB」に改められている。

BIKENは製造部門を田辺三菱製薬と共同出資する 株式会社BIKEN に分社化したようだが、

一方で製造販売者は引き続き阪大微生物病研究会のようで、こちらはあまり変わってないのかな。

商品名の「ビケン」も今まで通りのようだし。


北里柴三郎と伝染病研究所→北里研究所の感染症分野での貢献は相当なもので、

北里研究所のワクチンはまさにその象徴的なものだと思っていたが、

新紙幣が発行される頃には「北里第一三共」と付いた在庫もとっくに掃けているだろう。

ただ、紙幣になったことで、また違った形で業績が知られることになる。

偶然だけどよい機会だったのかも知れない。


Author : hidemaro
Date : 2019/04/10(Wed) 23:19
社会 | Comment | trackback (0)
blog comments powered by Disqus

トラックバック

トラックバックURL取得

Tools