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太古の時代から現在まで大阪を巡る

昨日も書いたが、今日は大阪に出かけていた。

キャンパスメンバーで入れる博物館などを中心に巡っていた。


というわけでスタート地点は上本町駅、ということは市バスですね。

バスまで少し時間があったので谷町九丁目駅のきっぷ売り場でエンジョイエコカードだけ買って、

上本町六丁目のバス乗り場に行って、62号系統に乗った。これで大手前まで行く。

大手前バス停を降りるとそこは大阪城の西側、最初の目的地は大阪城天守閣ですね。

大阪城天守閣にキャンパスメンバーで入れるのはかなり意外だった。

どうも大阪市立の美術館・博物館をセットで契約しているようで、その中にこの大阪城天守閣も入っていたようだ。


大手門から大阪城に入るわけだが、大手門から入ったところの石垣は妙に巨大な石が使われている。

大阪城には何箇所かこんな巨石が見られるが、建設にたずさわった大名が権威を表すために持ってきたものだそうだ。

本丸に入ると古めかしい建物がある。これは大阪歴史博物館の前身となった大阪市立博物館の建物だったもので、

さらにさかのぼれば陸軍の建物だったようだ。戦前には大阪城周辺には軍事施設がたくさんあったんだよね。

そして大阪城天守閣があるわけだが、この天守閣というのは鉄筋コンクリートで再建されたもので、最初から博物館として使うことが意図されていた。

ところで、大坂城というと豊臣時代のものと、その跡に作られた徳川時代のもの2つある。

徳川時代の天守閣は落雷で焼失してしまい、その徳川時代の天守閣の場所に豊臣時代のデザインを取り入れ建てられたもののようだ。

そんな現在の天守閣だが、鉄筋コンクリート造りとあってか焼失することなく、これまでで一番長命の天守で、

歴史的景観に寄与しているということで登録有形文化財となったぐらいなんで、それはそれで歴史ある建物のようだ。


そりゃそうとして9時前にたどりつくと長い行列ができている。

まだ開場してないのだから列をなしてるのは当然としても、これ本当に朝一番で正解だったのか?と思うほど長い行列だった。

そんなことを思いながら列を眺めていたのだが、すぐ列もはけたので、すぐに入ることが出来た。

中は豊臣秀吉の一生、大坂夏の陣のことを中心に展示されていて、大坂城にまつわることを詳しく知ることができた。

なるほど確かに博物館だ。

あ、そうそう、最上階の展望台はいい眺めだったね。


大手門から大阪城を出て、馬場町交差点を渡れば、そこにあるのは大阪歴史博物館とNHK大阪放送局、

大阪歴史博物館がキャンパスメンバーで入れるのでここも入ろうと思う。

チケット売り場が特別展のせいか長い行列、並ばんとならんのか聞くと、並んで無料入場券を受け取るようにとのこと。

無料入場券を受け取って、常設展に進んだ。

この大阪歴史博物館は小学生のとき社会見学で訪れている。とはいってもその時とはまた見る目も違うだろうしね。


この博物館の敷地は難波宮跡にかかっていて、そんなこともあってか難波宮にまつわる展示から始まる。

発掘調査のことも取り上げられていて、今の大阪のイメージからすれば意外なスタート地点に思う人もいるかも。

次に大阪が天下の台所と呼ばれていた時代の展示がある。

今の大阪の基礎はこの時代に作られたんだなと、展示をたどっていて思った。

堂島米会所の存在は、大阪証券取引所が世界有数のデリバティブ市場に成長するきっかけとなったものだし、

天満青物市場は移転したが今も中央卸売市場として残っている。

船場は今もオフィス街として大阪の商業を支えているし、道頓堀のあたりは日本一の広がりを持つミナミの繁華街が広がっている。

そして大大阪の時代に、本当に華やかな時代だったんだなと展示を見て思った。

心斎橋をぶらぶらすることを「心ぶら」なんて呼んでいたと書かれていて、へぇと思った。

今でも心斎橋をぶらぶらしてる人は多いけどね。

他のエリアが発展したから相対的な存在感は下がったが、今も昔も大阪のホットスポットか。


馬場町バス停からまた62号系統のバスに乗り淀屋橋バス停で降りた。

淀屋橋というと市役所の最寄り駅だが、目的地はまさに市役所だ。

実は今年は大阪市営地下鉄開業80周年でそれを記念して市役所前に開業時の地下鉄の車両を持ってきている。

大阪市営地下鉄 開業80周年記念イベント (大阪市交通局)

わざわざ保存している車庫からトレーラーで運んできたそうだ。

中之島祭りで賑わっている市役所に向かうと、庁舎の真ん前に「梅田-心斎橋」というプレートを付けた古めかしい車両があった。

これが開業時の地下鉄の車両、これが今の御堂筋線の同じ線路を走っていたなんてなかなか想像も付かんよなぁ。


淀屋橋からその開業80周年を迎えた御堂筋線に乗り、南へ突き進み長居駅で降りて長居公園へ。

長居公園は大阪市を代表する公園の1つだが、とにかく人が多い。多すぎる、なんだこれは。

なんで長居公園に来たかというとここにある大阪市立自然史博物館に入るため。ここもキャンパスメンバーで入れる。

長居公園には長居植物園という植物園もあるのだが、どうなってるのかなぁ、と思ってたどりついたら自然史博物館の入口と植物園の入口は一緒だった。

どうも自然史博物館の入場券を持ってる人は植物園も入れて、植物園を通って自然史博物館に入るようになっているようで。

だから学生証を見せると植物園に入ることもできる。おー、こりゃありがたい。

ちなみに植物園の入場料は200円、自然史博物館の入場料は300円、ただし学生だと自然史博物館の入場料は200円だから、事実上タダだ。

そんなわけで植物園を歩き回ってたのだが、昼寝してる人がちらほら。癒やしのスポットだってことだろうが……

季節が変わればみどころも変わるだろうし、また来たいですね。キャンパスメンバーで入れるのならふらっと来るのも悪くない。

植物園を存分に楽しんだ後、自然史博物館へ。


入るといきなりナウマンゾウがお出迎え、昔はこんなのも今の大阪のあたりをうろついてたそうだ。

まずは身近な自然の話、いきなり外来種の話から始まるあたりシリアスだな。

それがどんどん昔の話にさかのぼっていく。

特に驚いたのは大阪が海の底だった時代にいたクジラなどの化石が都心でもしばしば見つかるという話。

今からすれば夕陽丘が海に面していて、海に沈む夕日がきれいに見えるところだったということさえ疑ってしまうところけど、

それよりもっともっと昔のことなんてわからない。だけど化石は当時のことを確かに語っているわけだ。

そして、生物の進化の展示、そして生物同士のつながりあいの展示へのつながるのだが、

この生物同士のつながりあいというのは本当に複雑だ。

食う・食われるの関係、競争の関係、さらには人間の関わり、そんなのが複雑に絡み合って今の自然はある。

本当に不思議なもんですよ。


大阪が海の底だった時代から、大大阪の時代まで、巡ってきたわけだが、

最後に今の大阪を……というわけでもないが、あべのに寄ってきた。

阿倍野歩道橋の架け替えが完成したというから、どんな歩道橋になったのか見てきた。

空から見ると不思議な形をしているように見えるが、実際に歩いてみるとかなり機能的なつくりだなと思った。

ただ、まだ阪堺電車とはつながっていない。あべの筋拡幅に合わせ移設することになっているのだが、その準備も進められているようだった。

そして、あべのハルカス、もう来月には百貨店部分がオープンするというのだから驚きだ。

実は東大阪あたりで高架を走っている電車から見ながら大阪入りしたのだが、実際に近くで見ると本当に高い……


キューズモールの東急ハンズでおもしろい文具を買って、そしてまたしても市バスに乗り込み、上本町六丁目で降りてゴール。

行きも帰りも上本町からだと楽だな。

帰りの電車に乗りながら思ったのだけど、今日は主に大阪城と長居植物園でけっこう歩いたのよね。

もともとそんなことになるとは思ってなかったのだが、そんなのも悪くない。


Author : hidemaro
Date : 2013/05/04(Sat) 23:48
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