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どうして青海と間違えるんだろ

時々話題になるのが、青海と間違えて青梅に行ってしまったという話。

青海(あおみ)は江東区の地名、東京港の埋立地、13号地の江東区域の地名である。

青梅(おうめ)は多摩西部の都市、青梅街道の宿場町として古くから発展した都市で、山間部では林業も営まれている。

いずれも東京都の地名ではあるが、かたや海上都市、かたや山間部への入口ということで、

ずいぶん違うのだが、なんとなく字面が似ているということで、間違える人がいるんだそう。


青梅はともかく、青海という地名があまり知られていないのは要因の1つだろうと思う。

13号地ができた当初、埋立地の帰属について争いがあったが、江東区・港区・品川区の3区に分かれて所属することになった。

江東区の埋立地の延長として埋め立てられたこともあって、江東区域がもっとも広いが、

第三台場(もともと港区に帰属)と地続きになったこともあって、首都高速湾岸線より西側は港区となった。(cf. 芝公園と台場公園に行く)

首都高速湾岸線で結ばれていることも考慮して品川区への割り当てはあったが、範囲は狭い。

各区は13号埋立地の区域に町名を付けたが、江東区は青海、港区は台場、品川区は東八潮とバラバラの名前を付けた。

多分、これがこの問題のスタート地点だったのだろう。


この中でもっとも知名度が上がったのが港区の台場である。

台場はオフィス・住宅として開発が先行して、その中でもフジテレビ局舎が移転したことで知名度が上がった。

町名の由来となった品川台場は、江戸時代からお台場と呼ばれていたこともあって、この地域は お台場 として定着した。

ただ、早期に開発が完了してしまったので、その後は 江東区青海 の開発が進んでいく。

町名は台場ではないのだが、すでにこのあたり一帯が お台場 として定着してしまったので、青海にあっても「お台場」と付いた施設は多い。


13号地一帯へのアクセス手段としては、りんかい線 と ゆりかもめ が使われることが多い。

バスもあるが、鉄道のルートに近いので、今は鉄道がメインではないかなと。レインボーブリッジ経由の都バスも廃止されたし。

りんかい線の場合は、東京テレポート駅 が島内全域の最寄り駅となる。

ゆりかもめ の場合は島内に お台場海浜公園、台場、東京国際クルーズターミナル(旧 船の科学館)、テレコムセンター、青海 の5駅がある。

目的地次第ではあるが、最寄り駅として青海駅が書かれているケースがある。

ところが、青海という町名の知名度がイマイチなので、青海駅と青梅駅を間違えてしまうという問題があるらしい。

読み方を知っていれば間違えないと思うが、音で聞くことが少ない地名というのもあるのかもしれない。


青海駅を最寄り駅筆頭として書いている施設で有名なのが Zepp Tokyo である。

青海駅から至近なんですね。東京テレポート駅からも十分近いけど。

そんなこともあって青海駅を目指そうとするのだが、間違えてしまうことがあると。

ここはもう1つ複雑な事情があって、ZeppDiverCity が同じく江東区青海にあるということ。

こちらは ゆりかもめ では台場駅が最寄り駅になるが、東京テレポート駅がもっとも近い。

間違えてもリカバーできることも多い距離ではあるが、混乱が多い施設である。


なかなか埋立地の駅名ってのは難しいのかなぁ。

既存の町名もないし、開発予定地のなにもないところに駅ができたり、計画が変わってしまうこともしばしばだからね。

青海はれっきとした町名だが、未だに知名度の上がらない地名になってしまった。

りんかい線の 東京テレポート という駅名は、13号地が当初「東京テレポートタウン」として開発されたことに由来するが、

結局は定着せず、このあたり一帯は港区域に限らず「お台場」と定着してしまったので、今では全く実態に合わない。

海上都市の先駆け、神戸市の ポートアイランド もポートライナーの駅名には悩みがありそうだ。

目標物が公園(中公園・南公園)か、港湾施設(中埠頭・北埠頭)か、公共施設か。

市民広場駅は展示場・国際会議場の最寄り駅で、なんとなくわかるけど、ちょっとぼやけた駅名である。(コンベンションセンター という副駅名が付けられた)

市民病院の最寄り駅だから市民病院駅と命名したが、移転するとそうもいかないので みなとじま駅 に改名するという苦し紛れの対応もあった。(港島はポートアイランド全域の町名)

逆に当初は目標物がなく ポートアイランド南 という味気ない駅名だったのが、京コンピュータ前 とまさかのスパコンの名前が駅名になったり。

既存の町名があれば、それを基本に対応したもんだと思うけど。


Author : hidemaro
Date : 2019/04/20(Sat) 23:51
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定数が多いからこそ?

市議会議員選挙があるので、誰に投票しようかなーと調査を始めた。

選挙公報、議会だよりなどを見ながら考えてたけど、やっぱり大変だ。

市町村議会選挙は、基本的に1つの選挙区だから、当選者も多ければ、立候補者も多い。

そんな中で誰を選ぼうかというのは、ただでさえ大変だけど、もう1つ難しいのは無所属で立候補する人が多いこと。

実際には議会では会派を組んでいることが多いのだが、それが立候補者の所属団体として見えるとは限らない。

そうやって悩む割には、市町村レベルだと市町村長のリーダーシップの役割が大きいので、あまり手応えもない。


これが都道府県議会だと、選挙区ごとの定数はそこまで多くないし、政党・会派の組織化も見えやすい。

知事も選挙で選んでいるが、都道府県の広さを考えれば、議員の役割もけっこうあるような気がする。

国政については、国会議員を選ぶのが唯一で、政党の組織化も強い。

衆議院小選挙区だと選択肢はあまりに明確である。(参議院も小選挙区の地域なら同様)


とはいえ、生活にもっとも身近な議員が市議会議員なのは違いがない。

わりといろんな背景を持った人が議員になっている印象はあるが、

他の議会に比べると女性の議員が目立つとはおもっていた。

他の議会が少なすぎるとも言えるのだが、都道府県議会となるとぐっと減る印象もある。

感覚的にはそうだが、実際どうなのか調べてみた。

全国のデータを総合すると、女性議員の割合は、市町村議会で15%程度、都道府県議会で10%程度、国会で14%程度。

感覚的にはもうちょっと開いてる気がしたのだが、おしなべて見るとこの程度。

地域ごとにも差が大きいので、この数値が感覚に合わない地域が多いかも知れない。

この数字を見ても、市町村議会に女性議員が多いという印象は受けないが、都道府県議会よりは多いのは確か。

国会と市町村議会が同程度というのはちょっと意外だったのだが、比例代表選出の議員が多く、選挙区選出の議員で見るとずいぶん落ちるはず。


このことについて、どこか忘れたけど、選挙区の定数が多いほど、女性の立候補者あるいは当選者が増える傾向にあると書いてあった。

なるほど。確かに市町村議会は定数が多くて、衆議院小選挙区は全ての選挙区で定数1である。

定数が少ないほど、立候補者の絞り込みは厳しくなる。

現職議員がいると立候補もままならないケースは多そうだ。

それに対して市町村議会の場合、立候補のハードルは低いし、あわよくば当選というチャンスも広い。

これは女性だけに有利なわけではなく、一般に新人候補が立候補して当選しやすい条件とも言えるが、それが見えやすいところなのかもしれない。

そうして議会に入り込んで、今はすっかりベテラン議員という人も多いわけである。


そう考えると、やたらと定数が多くて悩む市議会議員選挙も意味があるのかなとは思う。

逆に国会議員は大変で、衆議院の小選挙区、参議院でも定数1~2程度だと、立候補自体のハードルも高ければ、当選のハードルも高い。

一方で、候補者男女均等法 こと 政治分野における男女共同参画推進法 では政党・団体が擁立する候補者は男女ができる限り均等になることを求めている。

これは国会だけではなく、地方議会にも適用されるのだが、地方議会の場合は立候補者の組織化の程度が低いので、どこまで実効性があるか。

一方で国会はほとんどが政党が擁立する候補なんだから、ほとんどの立候補者はこの法律の適用範囲だと思う。

ただ、政党によって温度差はあるし、立候補者が同数になっても当選者が同数かというと。これは難しい。

なかなか日本の選挙制度、特に選挙区選出の国会議員として当選するのはまだまだ難しそう。

議員数を同数にするだけなら、選挙制度を変えればいろいろ実現手段はあるとは思うけど、それが有権者の希望するものかはわからない。


Author : hidemaro
Date : 2019/04/16(Tue) 23:52
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千葉は東京だった?

「千葉は東京」というのがTwitterで話題になっていたが、

これはラブライブ!サンシャイン!!のAqoursのアジアツアーであった話。

Aqoursは今年3月~4月で上海・台北・千葉・ソウルの4都市でのアジアツアーを行っている。

その千葉公演が今週末に幕張メッセであったのだが……

その中で出演者が「東京公演」というもんだから、どういうことかと思ったら台本にそう書いてあったと。

その後、公式Twitterでの表記が「千葉(東京)公演」「東京(千葉)公演」のように揺れ出すという。

一応、ここまでは対外的には千葉公演で通していたのだが、暴露されては仕方ないということか。


最近、似たような話を見たんだよね。

確かに、上海・台北・ソウルに並ぶ都市が千葉というのはちょっと物足りない気もする。

一方で、東京で妥当な会場を見つけるのが難しいという事情もあったのだろう。

幕張メッセは東京から近く、アクセスも概ね良好ということでよく使われている。

それが千葉市だっていっても、実際は些細な問題ではある。

ただ、それを東京というと角が立つので、千葉公演と言うべきだよねという話。


都市雇用圏のデータを見ると、千葉市は東京都市圏の中心都市という位置づけになっている。

日本で一般的に使われている都市雇用圏では、1つの都市圏が複数の中心都市を持つことができる。

例えば、大阪都市圏であれば、大阪市・堺市・東大阪市・門真市の4市が中心都市となっている。

大阪市以外の4市は中心都市の定義を満たすが、あくまでも大阪市に従属しているということを表している。

それで、東京都市圏については、東京都特別区部の他に、武蔵野市・立川市・川崎市・横浜市・さいたま市・千葉市・厚木市が中心都市となっている。

武蔵野市・川崎市は特別区域に隣接して、機能的にもつながりは深いように見えるが、他はちょっと不思議な気もする。


これ、どういうことかという話だけど、千葉市の一部の行政区では、夜間人口より昼間人口の方が多いので中心都市の条件を満たすのだが、

一方で千葉市は東京への通勤率が10%を越えてしまい、東京の郊外という条件も満たしてしまう。

すなわち、千葉市(の一部地域)に通勤する人自体は多いが、市内の従業・通学者の10%以上が流出しているので、中心であり郊外ということが起きるわけ。

ただし、千葉市全体で見れば夜間人口の方が多いので、一部の行政区が中心都市の定義を満たすから中心都市というのはおかしい気もするけど、

一方で千葉市の昼間人口と夜間人口の比率は0.94とけっこう惜しい数字でもある。

川崎市が0.77であることを考えれば、よっぽど中心都市としての体裁のある都市である。


というわけで、人の流れとしては、千葉市は東京に従属する中心都市ということになるのだが、

一方で貿易港としては、千葉港(船橋市・千葉市・市原市・袖ケ浦市にまたがる港)は名古屋港に次いで、日本第2位の取扱量を誇る港である。

さすがに横浜港・川崎港・東京港を結合した京浜港や、大阪港・神戸港・堺泉北港・尼崎西宮芦屋港を結合した阪神港には負けるのだが。

どうして千葉港の取扱量が多いか。それは千葉港はLNG・石油の輸入が集中するエネルギーの港だから。

同じ東京湾にありながら京浜港に結合されなかった理由もおそらくそこなんじゃないかなぁ。

意外な港湾都市なんですね。客船の出入りもないし、コンテナ貨物もそこまででもないけどね。工業港なんてそんなもんか。


こういう問題は東京に限った話でもなくて、おそらく台北もそう。

少なくとも台北都市圏には台北市だけではなく、新北市(cf. 新北市は台北市を囲む)・基隆市も含まれ、場合によっては桃園市も含まれる。

これらの都市が都市機能を分担しているので、台北と思っていたが台北市ではないということはあるはず。

ちなみに、今回のアジアツアーでは台北は本当に台北市(台北国際会議中心)なので念のため。


さすがに千葉市を東京呼ばわりすると、日本国内では風当たりが強いが、外国から見るとやむを得ないのかなとも。

一方で、それと大して変わらないじゃないかと思っているのが、北九州市が福岡呼ばわりされていること。

確かに福岡県ではあるんだけど、福岡とは明確に違う都市である。距離もけっこう離れてるんだよ。

東京と川崎を混同するよりもタチが悪い。

というわけで、そこは区別して考えた方がいいんじゃないかなと思っている。

北九州市成立の経緯から、小倉(主に市街地の名前として)・門司(主に港の名前として)あたりに揺れがちなのが悩みですが。


Author : hidemaro
Date : 2019/04/14(Sun) 22:45
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北里といえばワクチンだった

2024年発行予定の新紙幣のデザインが発表された。

もう変わるのかと思ったのだが、2024年には現紙幣(2000円札以外)の発行が始まって20年なんですね。

2000円札から導入されたパールインキが全紙幣に導入され、5000円・10000円ではホログラムが導入された。


その新紙幣の肖像には、10000円札は渋沢栄一、5000円札は津田梅子、1000円札は北里柴三郎とのこと。

渋沢栄一は過去にも肖像画に採用候補になっていたようで、何度か印刷局に写真の貸出が行われていたらしい。

1万円札の渋沢栄一、1000円札で伊藤博文と競って落選した理由は「ひげ無し」 (毎日新聞)

第一国立銀行(→みずほ銀行)を創設し、多くの企業の起業に関わった人で、まさに紙幣に描くにはふさわしい気がする。

津田梅子も教科書で必ず取り上げられている人だと思う。

女性が紙幣の肖像として描かれるのは現5000円札の樋口一葉が初めてだった。(ただし、2000円札には肖像ではないが紫式部が描かれている)

写真が残っている同時代に活躍した女性というのはなかなかいなくて、人選は限られたようだが、納得の人選である。


1000円札に採用される北里柴三郎、世間的な知名度はどうなんだろう?

僕はこの名前を聞いてすぐにピンと来たんだけど。

僕がこの人の名前を知るきっかけは予防接種なんだよね。

いつ気づいたんだろ? 母子健康手帳を見るとインフルエンザワクチンとおたふく風邪ワクチンで「北研」と書いたLotシールが貼られてるのは確かなんだけど。

ワクチンの製造者が「学校法人北里研究所」というのを知って調べるとすぐに行き着く。

北里研究所の創設者で、感染症や免疫の研究に活躍したのが北里柴三郎である。

ただ、1つ勘違いがあったのは読みで 北里 は「きたさと」と読むこと。


それにしてもワクチンの製造者が「学校法人北里研究所」というのは、ちょっと不思議である。

まず、どうして研究所がワクチンの製造をしているのかということである。

同様にワクチンの製造をしていた研究所としては、化学及血清療法研究所(化血研)と阪大微生物病研究会(BIKEN)がある。

いずれも大学の研究所に由来する団体である。特にBIKENは現在も大学の研究所と同居して事業を行っている。

ちなみに北里研究所が学校法人という体裁を取っているのは、2008年に社団法人北里研究所と学校法人北里大学が合併したことに由来する。

北里大学は北里研究所が設立した大学なので、もとは大学の研究所ではないけど、今の北里研究所の研究機能は大学に編入されているようだ。


予防接種に使われるワクチンというのは、確かに社会的意義の高いものだけど、それにしてもとは思う。

調べてみると、北里研究所のワクチン製造は、国営事業に由来するものだったらしい。

北里研究所のルーツは「伝染病研究所」という研究所で、当初は私立の研究所だったのだが、まもなく国立になり、

その中で痘苗製造所と血清薬院を合併して、ワクチンや抗血清の製造部門を持つことになった。

ちなみに北里柴三郎の業績として知られているのが、血清療法の開発で、抗血清というのはその製品化である。

この伝染病研究所は現在は東京大学の研究所と国立感染症研究所に引き継がれているのだが、

この過程で1914年に北里柴三郎は所長を辞任、それに連れて職員が辞任し、その人たちが設立したのが北里研究所である。

というわけで、北里研究所というのは、伝染病研究所の正当な後継ではないんだけど、人的には伝染病研究所を引き継いで作られた研究所だ。


北里研究所のワクチン製造もこの時期から始まっていたようだ。

伝染病研究所と北里研究所がワクチン製造の多くを担っていた時代も長かったようだ。

なお、伝染病研究所のワクチン製造は、国立感染症研究所に継承されていることになっているのだが、

実態としては国立感染症研究所はワクチンの製造はしていなくて、ワクチンの国家検定を担っている。

ある時期にワクチンの開発・製造は民間団体が行い、国の研究所は必要な検体の提供や品質保証を行うという役割分担になったようだ。

北里研究所もそこでワクチン開発・製造を担う団体の1つとして、長らく活躍してきた。


ただ、現在は北里研究所はワクチン製造を行っていない。

2011年に北里研究所はワクチンの製造を第一三共との合弁会社、北里第一三共ワクチンに移管した。

ワクチンの商品名も「北研」と付いていたのが「北里第一三共」に変更されていたよう。

この時点では北里研究所を連想することもできたかもしれないが、

2017年に北里研究所は北里第一三共ワクチンの持分を引き上げ、今年4月に第一三共に吸収され消滅。

ワクチンの商品名も「第一三共」に改められ、今後は北里の名前の付いたワクチンを見ることはなくなる。

僕のようにワクチンがきっかけで北里研究所を知る人は出なくなるということである。


ワクチンや抗血清というのは、今でいうところのバイオ医薬品の先駆けとも言える存在で、

第一三共が北里研究所のワクチン部門を引き取った背景には、バイオ医薬品の時代になってきたという事情もあるのかもしれない。

他のワクチンを製造する研究所として先に書いた、化血研とBIKENだが、

化血研については、製造方法を無断変更していた問題の影響もあって、去年「KMバイオロジクス」に事業を譲渡した。

こちらも商品名に付いていた「化血研」は「KMB」に改められている。

BIKENは製造部門を田辺三菱製薬と共同出資する 株式会社BIKEN に分社化したようだが、

一方で製造販売者は引き続き阪大微生物病研究会のようで、こちらはあまり変わってないのかな。

商品名の「ビケン」も今まで通りのようだし。


北里柴三郎と伝染病研究所→北里研究所の感染症分野での貢献は相当なもので、

北里研究所のワクチンはまさにその象徴的なものだと思っていたが、

新紙幣が発行される頃には「北里第一三共」と付いた在庫もとっくに掃けているだろう。

ただ、紙幣になったことで、また違った形で業績が知られることになる。

偶然だけどよい機会だったのかも知れない。


Author : hidemaro
Date : 2019/04/10(Wed) 23:19
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あれもこれもコンピュータ時代には合わない

今日は5月からの元号の発表があったが、ここに至るまでにもいろいろな紆余曲折があって、

もともと元日に改元も考えていたが、新天皇の即位が元日はあり得ないということで、

じゃあ12月中に即位して、翌月に改元するという方法でというのも提案されたが、

それすら年末は忙しいとか、即位と改元が一致しないのはよくないという話で立ち消え、

じゃあ新年度が始まる4月1日にという話もあったが、役所が忙しい時期は勘弁となり、

最終的に5月1日に新天皇の即位と改元を持ってくるという形で落ち着いたのだが、次の問題は新元号の発表。

計画的に改元するのだから早めに発表して欲しいという要望はあったが、新元号発表~新天皇即位が長いのはよくないという話もあり、

いろいろ議論があったが、Windows Updateの対応には最短1ヶ月必要だからというのが最終的な決め手となったとか。


ここ最近、時に関係する話題で2つ気になるものがあった。

“うるう秒”しばらくは存続、ITUの世界無線通信会議で決定 (INTERNET Watch)

欧州議会、サマータイム廃止の法案を可決 2021年に (朝日新聞)

うるう秒はたびたび廃止が提案されていて、廃止を提案している国の1つが日本である。

うるう秒はコンピュータシステムへの影響が大きく、挿入のたびにトラブルを起こしているのが実情である。

うるう秒を挿入する目的は地球の自転と時間のずれを0.9秒以内に抑えること。

ずっと挿入しないまま放置し続けると昼夜逆転もあるかもしれないが、そこまでは数百年とかかるから、先送りだということ。

ヨーロッパでのサマータイムの廃止は当初言われていた省エネルギーという目的に対して、生活への影響が見合っていないというのが背景にある。

サマータイムが始まる時期は交通事故が増えるというのがもっともわかりやすい悪影響だ。

ただ、サマータイムもコンピュータシステムへの影響があって、サマータイム対応のためにシステムが複雑化するなど、問題はあったようだ。

サマータイム廃止により、現在の冬時間か夏時間かどちらかに固定され、以後はサマータイムに伴う諸問題から解放される。


元号については、定期的に変更されることは元々想定されている。

そこで、内部的には西暦や皇紀など連続性のある年号を使うとか、昭和などの決めた元号で数え続けるとかいう対策をしているだろう。

まぁ今どきのシステムなら西暦だろうけど、皇紀を使っているシステムもあるとかなんとか。

表示上、連続性のある年号と元号を必要に応じて変換するという形で対応しているのが実情だろう。

それでもシステム改修が必要だと騒いでいるのが実情だが、今回は計画的なシステム改修ができていて、

なおかつ1ヶ月前に新元号の発表があったので、混乱はかなり緩和できそうだが。


新元号の1ヶ月前発表、サマータイム廃止、うるう秒廃止案、いずれも現代のシステムへの不都合への対策ではあるんだよね。

うるう秒廃止については、単純に廃止すると長期的に問題があるということで「うるう分」に改めるという案がある。

すなわち地球の自転と時刻のずれを1分まで許容し、1分単位で時刻を調整するということ。

この場合、100年に1~2回程度の時刻挿入で済むので、現在のうるう秒に比べると頻度ははるかに減る。

頻度が減ることでノウハウの継承には課題があるが、一方で数年前から計画的に挿入できるので、いろいろな対策ができるそう。


昔はこういう問題はあまり顕在化しなかったのかもしれない。

平成への改元の時は、まだインターネットというものはなかったわけですからね。

次の改元がいつになるかは知らないけど、今回の状況を見ていると、即日とか翌日に改元はやめた方がいいのかなと。

元号法の規定では、新天皇の即位後ならば、改元時期はある程度、柔軟に決めることができる。

もちろん、今回のように即位時期とセットで改元も計画的に決められれば、それに越したことはないが、それができるとは限らない。

それならば、せめて改元時期だけでも少し遅らせて影響を緩和しようという考えはアリなんじゃないかなと。

今回の改元は、そういうのを考えるきっかけになる出来事だったんじゃないかな。それがわかるのは何年先か知らないけど。


Author : hidemaro
Date : 2019/04/01(Mon) 23:15
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拡幅のためにまた有料道路

今月、新名神高速道路の四日市~亀山が開通した。

新名神部分開通以来続いていた東名阪自動車道の渋滞が緩和された。

新名神開通は三重県にとってもメリットは大きかったが、一方で東名阪の渋滞というひどい巻き添えもあった。

本来のルートが完成し、名神から新名神への転移もさらに進むのではないだろうか。


そんなことも踏まえてか、亀山~大津については6車線化の事業化が許可された。

事業許可について (NEXCO西日本)

もともと6車線で計画していた区間で、トンネルは6車線で掘っているので、すでに一部は渋滞対策で6車線化されている。

だから6車線化といってもそんな大ごとではないんだよね。

トラックの縦列走行などを考慮しての拡幅らしいが。


というわけなんだけど、実はさっきの事業許可の中に八木山バイパスというのがある。

これは福岡県の飯塚市と篠栗町の間にある八木山峠をバイパスする元有料道路である。

1985年に開業し、およそ30年にわたる有料期間を終えて、2014年に無料開放された。

ところが無料開放後、通行量が激増、片側1車線ということで渋滞がひどく、事故も多発するようになった。

その対策として、4車線化を行うことになったのだが、そのために有料道路事業を取り入れることにした。

というわけで、無料開放された有料道路が再び有料化することが認められたということ。


そもそも、八木山バイパスは片側2車線の4車線で計画されていたらしい。

前後の国道201号線(無料区間)は4車線ですから、その間も4車線で計画していたわけだ。

計画はそうだが、最初は2車線で開業した。その後、必要なら4車線化するつもりだったのだろう。

ところが、有料である間はそれで特段の問題はなく、2車線のまま無料化したら、渋滞・事故が多発するようになったということらしい。

有料であるがために十分活用されていなかったが、いざ無料化されたら有用だと移転が進んだのだろう。


本来、どうすべきだったかというと、それは無料化後も見据えて、料金徴収期間を伸ばして4車線化することでしょう。

そういうことをやった有料道路はいくつかあると思うが、琵琶湖大橋はその典型例だと思う。

琵琶湖大橋は琵琶湖の狭くなっている部分の両岸、守山市と大津市堅田を結ぶ有料道路の橋である。

1964年、片側1車線で開通、当初の通行量見通しではこれで足りるつもりだったらしい。

ところが周辺の都市化が著しく、当初の見通しを超える通行量になったため、有料道路事業で周辺道路の改良を行い、

1989年には4車線化に着手、1994年に完成、これも有料道路事業で行われ、無料化は先送りされている。

4車線化の計画では無料化は2021年の見込みだったが、2016年に値下げの上、さらなる延長が行われ、現在の見込みでは2029年無料化とのこと。

2016年の有料期間延長の目的は耐震化や周辺道路の改良ということで、琵琶湖大橋の将来を見据えたものとは言える。

とはいえ、当初は有料期間22年間のつもりが、実際にはその3倍の65年間だからすさまじい話だ。(本当に2029年に無料化されるのかはわからないけど)


八木山バイパスを再び有料化するにあたって、地元からは料金設定には配慮して欲しいという要望があったそうだ。

2014年の無料化前の通行料金は普通車で530円(本体価格で495円)だったそうだが、今回は普通車で250円(本体)で許可が出ている。

有料期間は2025年~2040年と、一部区間での4車線化の完成から15年間ということのようだ。

ということで、有料化されるといっても2014年以前の半額程度ということだ。

それでも一度無料化された道路が再び有料になることには抵抗がありそうだが、

一方で有料化することで早期に完成できるのは確かで、トンネルがない区間では着手から5年で拡幅できるようだ。


NEXCOの全国路線網や都市高速は無料化はほぼ想定していないと思うが、

こういう国道バイパスとして建設された道路って基本的には将来の無料化を想定しないといけないんだよね。

とはいえ、有料のときと無料のときではまるで車の流れが変わってしまうというのは悩み所だろうと思う。

琵琶湖大橋のように想定以上の通行量に対策が必要と言い切れるような道路なら有料期間延長で対応しやすいけど、

現に利用は少ないんだけど……という道路にとっては悩ましい話である。

一般道路として改良してもらうというのが、利用者にとってはありがたい話ではあるけど、やっぱり有料道路事業の方が機動性がありますからね。


Author : hidemaro
Date : 2019/03/31(Sun) 23:25
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すでに取締役ですから

4月から勤務先のいろいろな役職の人が変わる。

身近な課長・部長は代わらないのだが、それより上、センター長・本部長、そして社長が代わる。

本部長が代わるというのが一番インパクトとして大きい気がするな。


社長が代わるというのは対外的にもインパクトのある話である。

というのも、社長が唯一代表権を持つ取締役だからである。

社長が代表権を持っていることは必須ではないし、そういう会社も稀にあるが、基本的にはそういうことはしない。

というわけで、勤務先でも新社長は就任時点から代表取締役になる。

(一方で、社長交代時点では、現在の社長も社長ではないが代表取締役として、引き続き代表権を持つことになる)


一見インパクトが大きそうなのだが、実はこれ自体は株主総会の議決はいらない。

なぜならば、新しい社長はすでに取締役だから。

取締役の誰に代表権を持たせるかは取締役会で決められるようである。

会社法では取締役について次のように規定している。

第三百四十九条 取締役は、株式会社を代表する。ただし、他に代表取締役その他株式会社を代表する者を定めた場合は、この限りでない。

2 前項本文の取締役が二人以上ある場合には、取締役は、各自、株式会社を代表する。

3 株式会社(取締役会設置会社を除く。)は、定款、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることができる。

取締役は全員が代表権を持つのが原則だが、定款で代表取締役を定義することもできて、その決め方は取締役の互選か株主総会かどちらか定款で決める。

ということで勤務先の定款では取締役会で代表取締役を決められるようにしてあるわけである。

3月末の決算が出てから株主総会をやるので、株主総会の議決に基づいて人事を変えると7月ごろになるのだが、

すでに新社長は取締役なので、株主総会の時期とは無関係に社長に就任できるわけである。


本部長は取締役とそうではない人が混在しているから、取締役に就任するのが必須ではない。

このあたりは課長就任と管理職登用のタイミングが一致しないことが許されているのと似ている気がする。

なんで非管理職の課長がいるのか?

1つ考えられるのは、管理職になるための準備には時間がかかるから、

とりあえず非管理職のまま課長になっておいて、後に準備が整った時点で管理職にするという理由。

(管理職ではない)

管理職登用も人事制度の都合で年1回のタイミングに限られているのが実情ですからね。

株主総会を開かないと就任できない取締役と実は似ている。

管理職でなくても課長にはなれて、取締役でなくても本部長にはなれて、取締役ならばいつでも社長(代表取締役)になれる、

というのはいずれも段階的な対応という点では共通している。


新しい社長、新しい本部長はいずれも相応の実績を積んできた人に見える。

全社的にも入れ替わりが激しいようで、そんな中でも重要度が高いところには相応のリーダーをという考えもありそうだ。

新しいセンター長は今の職場に来たときに、部内の他の課の課長をやってたので、数年で出世したなぁという感想だが、

前後の遍歴を考えると、開発の最前線から一歩引いたセンターのリーダーというのはちょうどいい立ち位置なのかもしれない。

今のところの僕の感想はそんなところ。実務に関わるところではあまり変わらなさそうというのもあるが。


Author : hidemaro
Date : 2019/03/26(Tue) 23:58
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AMラジオをやめたい?

こんなニュースが飛び込んできた。

ラジオのAM放送廃止を要請へ (共同通信)

AM放送廃止って本気? と思ったけど、FMへの一本化も選択できるようにしたいという意図のようだ。

すなわち、今後もAM放送を続ける放送局はあるということである。

この記事では北海道など一部地域ではAM放送は残るだろうと書いてある。


どれぐらい現実味のある話なのかなと、試しに栃木放送の中継局の設置状況を見てみた。

もともと栃木放送はAMで宇都宮の親局と那須・足利の2つの中継局を持っていた。

2017~2018年で、宇都宮・足利・葛尾・今市・塩原の5つのFM中継局を新規に設置した。

これは、同じく栃木県を放送区域とするFM栃木の送信所の配置と同じで、出力も多少の差はあるが概ね同じ。

ということで、栃木放送については、FMだけで全域カバーという主張は成り立つ状態になっている。

このようにFM中継局の整備度が高い放送局では、もはや既存の民放FM並のカバレッジがあるようだ。


一方で広域放送だと、親局に対応するFM中継局の設置は早期に行われたのだが、

それ以上のFM中継局を設置をした放送局は、関東・関西・中京いずれの地域にもないようだ。

確かに親局だけでかなりの範囲に電波が飛ぶのも確かだが、これだけで十分とも思えない。

FMに集約するならそれなりに中継局を設置する必要がありそうだ。


AM放送廃止なんて話が出てきたのは、AMとFMで二重に設備を持つのは大変ということなんだけど、

AMラジオの送信所って大規模な設備が必要なので、それはやめたいという意図もあるんだろうと思う。

FMラジオだと、テレビの送信所にも相乗りするのが合理的なので、その点でもコストが抑えられるのだろう。

中継局の数は増やさないといけないかもしれないが、AMラジオはそもそも中継局の設置が難しかったのも事実。

前向きに捉えれば中継局を増やして多くの人に聞いてもらえるようになるということで、しかも、テレビの送信所に相乗りできますからね。


ある程度の中継局整備が行われれば、ほとんどの地域ではAMよりもFMの方が受信しやすそうだが、例外もあるだろう。

以前、田沢湖に行った時、宿でラジオを出して、何が受信できるか試してみたのだが、

FMで入ったのはNHK-FMの田沢湖中継局ただ1つだった。

一方でAMは盛岡の放送局がよく受信でき、山間部で雑音が少ないからか遠方の放送局も受信できた。

AMラジオの中波と、FMラジオのVHFでは電波の伝搬の仕方が違うので、どちらが受信しやすいかは状況次第ではある。

ただ、確かなのはFMへの集約で受信できなくなる地域があるということである。世帯数はともかく。


でも、そんな場合でもradikoがあるのは救いではある。

今は山間部でもケーブルテレビでインターネットにはありつけるはずだから。

AMラジオ局は長距離受信する人もしばしばいるけど、そのような場合もradikoプレミアムが代替手段になる。

というか、すでにAMでの長距離受信から、radikoプレミアムに転換しているような気がする。


あと、他の課題としてはカーラジオのワイドFM対応だよね。

どうしてもカーラジオは車に紐付いているので、なかなか新しいラジオへの取り替えが進みにくい。

インフラ面でも対応が必要なのが、トンネルの再送信設備で、現状はAMだけ対応となっているトンネルも多い。

トンネル内の再送信設備は、トンネル内で事故があった場合の告知手段という面もあるので重要だ。

新しい高速道路ではFMの再送信設備を持っていたりするので、対応は可能だと思うが、設備の入れ替えはお金もかかる。

そこに時間がかかるのは織り込み済みだから、2028年までの制度改正を希望ということなんだろうけど。


Author : hidemaro
Date : 2019/03/22(Fri) 23:31
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別格の薬物犯罪

被疑者が保釈を受けるには、保証金を納める必要がある。

保証金は被疑者の資力を考慮して決められるから、お金持ちだと10億円とかいうとてつもない金額が要求される。

じゃあ、さして資力のない被疑者なら、少ない金額で済むのかというと、なかなかそうもいかないらしい。

容疑にもよるのだが、150~300万円ぐらいはかかってしまうらしい。


保釈金だけが問題で保釈が受けられないのはよくないということで、保釈金の貸付や保証を行っている団体がある。

保釈保証書発行システム (日本保釈支援協会)

貸付や保証が得られるかどうかは、容疑や信用力にもよるし、保証書については裁判所の判断による部分もある。

この団体の保釈保証書では、保証料が1.5%、自己負担金が5%ということで、

200万円の保釈金が必要な場合、3万円の保証料を支払い、10万円の自己負担金を預ければよいようだ。

ところが、下の方にこんな注意事項が書かれている。

覚せい剤取締法違反の被告人については、審査内容にかかわらず保証書で利用出来る金額は裁判所の保釈許可決定に示された保釈金額の50%としております。残りの金額は、当協会の立替システムと担保金によりご準備いただくことになります。尚、当協会では他の保証団体等との併用は出来ません。

数ある犯罪の中で、覚せい剤取締法違反だけが別格扱いになっている。


他の団体のWebサイトを見ると、覚せい剤取締法違反だけ別格である背景が理解できる。

平成28年11月25日までの間に、1,716件(保釈保証金額が300万円を超えるものを含む。)の保釈保証書の発行をしてきました。
そのうち、保釈保証金の没取になったのは、10件(うち覚せい剤事件6件)しかありません(0.58%)。さらに、覚せい剤事件以外で没取になった4件のうち、2件は、単純に住所変更の許可を取っていなかったというもので、逃走・不出頭事案ではありません。全弁協発行の保釈保証書の被告人の出頭確保及び罪証隠滅行為の防止のための担保機能が十分であることが裏付けられています。

(保釈保証書発行事業 (全弁協))

保証書では逃亡・不出頭の抑止力が不十分なのでは? という話もあるが、99.4%の被疑者は素直に出頭して、保釈金は返却されている。

ただし、保釈金が没収になってしまう人も0.6%いたのも事実。

ところが、この没収になった人の半分以上は覚せい剤取締法違反なのだという。本当に別格だな。


日本では薬物を規制する法律が4つある。

大麻取締法、あへん法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法 の薬物四法である。

どうして、分かれているのかというと、前2つは 麻 と けし という植物の栽培にも大きく関わることだから。

特に、麻は繊維のために栽培されることも多いので、麻薬成分の少ない品種を使うとしても、規制が不要になるわけでもない。

でも、覚せい剤とそれ以外の麻薬・向精神薬で分かれているのはどうしてだろう。

不思議に思っていたのだが、これは日本特有の事情によるものらしい。


薬物の規制は日本に限った話ではなく、世界的に行われていることで、主に2つの条約で実現されている。

1つが麻薬に関する単一条約(1961年採択)、大麻・あへん とその加工品(モルヒネなど)を規制している。

かつて存在した万国阿片条約に由来する条約で、見ての通り、規制対象の薬物は限られている。

もう1つが向精神薬に関する条約(1971年採択)、ここには乱用の危険のある薬物を4段階で規制する仕組みを作っている。

付表Iの薬物は医療用途では無益だが乱用が危険な薬物、IIは医療用途でわずかに役立つが乱用の危険が高い薬物、

IIIは乱用の危険も高いが医療用途でも役立つ薬物、IVは乱用の危険性は比較的低く医療用途で役立つ薬物となっている。

日本の規制も概ねこれに従っているが、多少の差がある。


日本の規制も大麻・あへん・コカイン とその加工品の規制は戦前から行われていた。

大麻取締法は1947年成立、麻薬取締法は1953年成立、あへん法は1954年成立となっているが、それ以前から規制はあったらしい。

ところが、太平洋戦争後の日本では、ここに含まれない覚せい剤(メタンフェタミン)の乱用が深刻な問題になっていた。

そこで世界的な規制が敷かれるよりも早く、1951年に覚せい剤取締法が成立した。

メタンフェタミンは後に向精神薬に関する条約で国際的に規制されることになるのだが、20年ほど先取りしていたわけである。

それだけ深刻で切実な問題が日本ではあったということである。


ただ、そこから今のように多くの薬物が規制されるまでには、かなり時間がかかったらしい。

1970年に麻薬取締法の規制対象にLSDが追加された。

これは向精神薬に関する条約で別表I、すなわち医療用途では無益で、乱用が危険な薬品に分類されている。

医療用では無益なんだからと、別表Iに記載されていた薬物は早期に麻薬として規制が行われた。

ところがそれ以外の向精神薬は医療用に有益なので、規制までに時間がかかり、

1990年に大麻取締法を改題して、現在の麻薬及び向精神薬取締法になったときから、向精神薬として規制が始まった。


で、実は日本では覚せい剤取締法で規制されている薬物って、向精神薬に関する条約の別表IIに記載されているらしい。

同グループの他の薬物は1990年から規制が始まったので、日本での規制の歴史は実に40年も差がある。

実際のところ、同グループの向精神薬の中には覚せい剤のような作用をする薬(メチルフェニデート)もあって、

一時期、乱用が問題になり、向精神薬の中ではかなり厳しい規制が敷かれている。

それでも、医療上の必要性は認められているのだが、なかなか悩ましい実情が見えてくる。


そもそもいかなる薬物でも正しく使わないのは(法に触れるかはともかくとして)問題だが、

その中でも覚せい剤の法律上の扱いが別格なのは、それなりの理由があるようだ。

保釈された被疑者の行方が特に悪いのも、その実情を表しているとも言える。

覚せい剤取締法違反が別格扱いなのはちょっと意外な気もしたが、実務に関わっている人にとっては当たり前のことなんでしょうね。

もう70年ほど規制をやっているのに、未だに覚せい剤やその材料の密輸がよくニュースになるほどだからなぁ。


Author : hidemaro
Date : 2019/03/21(Thu) 22:59
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新しい有給休暇計画取得日

来年から有給休暇を年5日以上与えることが使用者の義務になる。(休暇日数が年10日ない場合は対象外)

従業員が自発的に有給休暇を5日以上取得したいと申し出て、実際に取得できれば何の問題もないのだが、

使用者にしてみれば、どうやってこれを担保するかが問題となる。


そこで、使用者としては有給休暇取得を確実にするために、有給休暇の計画的付与を使うわけである。

有給休暇の付与日数のうち、少なくとも年5日以上残せば、労使協定を結んで、計画的付与の対象に出来る。

年10日以上の有給休暇が付与される従業員に、年5日以上の有給休暇を取らせるのは、計画的付与で実現できる。

だから、使用者は確実に有給休暇を与えられるよねという話でしょう。


有給休暇の計画的付与といってもいろいろな方法がある。

1つは全員が一斉に取得するという方法。その日は会社の休日になるってことですね。

うちの勤務先ではゴールデンウィークの間に入る平日を一斉取得日にするのが通例である。

夏休みや年末年始の休暇を伸ばしたり、飛び石の連休を一斉取得日でくっつけたりと、いろいろ使い方はあるだろう。

2つ目はグループごとに分けて休暇を取る方法。

業務量の少ない日などを選んでおいて、グループごとに分散して休暇を取ってもらうということかな。

今年度までは夏休みの後半3日間が有給休暇だったが、夏休みは7~9月の1週間で分散して取っていたので、この方式に分類されるのかなと。


3つ目が、各自で取得希望日をあらかじめ申告して、その日には休暇を取るという方法。

年度初めに希望日を申告して、必要に応じて上司が調整した上で、決まった日は確実に休暇を取るということである。

勤務先ではこれで5日以上の休暇取得を確実にすることにした。

この方法は計画的付与ではあるけど、各自が希望する日に休暇を取得できる可能性が高い。

あまりに休暇が集中しすぎて業務上差し支えがあるとなれば、上司は調整を行う可能性があるのだが、うちの職場ではほとんどないんじゃないかなぁ。


このあたりは、それぞれの会社・事業所の事情に応じて選ばれるのかなと。

例えば、グループ内で工場をメインとする会社のカレンダーを見てみると、

飛び石の祝日を埋めるように有給休暇一斉取得日が差し込まれていた。

工場では工場を止めてしまうのが休暇取得に効果的だという考えになったのだろう。


勤務先で取得希望日を申告する方法が選ばれたのは、今年度までフレックスホリデーがあったという背景もある。

フレックスホリデーは申告した日が休日になっていたが、来年度からは日数を増やした上で有給休暇計画取得日になった。

このままだと休日が減ってしまうのだが、夏休みの有給休暇計画取得日を休日化して、全体の休日日数は維持した。

フレックスホリデーは人によって違う日だが、それでも休日であるがために運用にやや難しい面があった。

一方で、年度初めにフレックスホリデーを設定して、その日に休むという考えは定着していた。


来年度のカレンダーを見ると、「有給休暇取得推奨日」というのが何日か書かれている。

飛び石の祝日を埋める日と祝日がない月のある1日が推奨日に指定している。

どうも、これまで一部の職場で推奨日を設定していたのを、全社展開することになったらしい。

もともと、フレックスホリデーを飛び石の祝日を埋めるように設定する人が多かったので、それを追認したような形ですね。

祝日がない月のある1日というのは新しい考え方だが、目安としてはいいかもしれない。


もともと、夏休み・フレックスホリデーの申告のときに任意で有給休暇計画取得日を申告することが出来た。

僕が、この職場に来たときに、有給休暇の日数の半分以上を計画取得日に書いたら、こんなに書く人は初めて見たと言われたものである。

当時、この欄に書いているひとはほとんどいなかったし、書いている人も1~2日程度だったから、確かに異様だった。

でも、上司は特に何も言わなかったし(額面通りに捉えれば休暇の調整は不要ということ)、実際にそれに従って休暇を取得した。

気づいてみれば、うちの職場では計画取得日を書く人の方が多くなった。

計画取得日を決めておけば、自分にとっての目安にもなると気づいた人が多かったのだろう。


職場の実情によって、何が有給休暇の取得に効果的かはというのは違うけど、

勤務先ではあらかじめ決めた日に確実に休暇を取るというのが効果的という判断があったわけである。

有給休暇の計画的付与を行うには労働組合と協定を結ぶ必要があるけど、

労働組合でとりまとめた意見を見る限りでは、労働者側にとっても納得感は高かったようだ。

実際に運用してみると課題もあるかもしれないが、有給休暇計画取得日はあまり問題にならなさそうな気がする。

これで実際に有給休暇の取得率が高くなるかはわからない面もあるが、今より悪くなる話ではないだろう。


Author : hidemaro
Date : 2019/03/20(Wed) 00:08
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