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なぜこの名前が付いたんだろう

もう、かれこれ2週間ほどずっと異常な暑さが続いている。

熊谷では最高気温41.1℃を叩き出し、日本での最高気温の記録を更新する有様。

水曜ぐらいには少し落ち着くと言われても、予想最高気温は平気で30℃を超えている。


もう7年ほど前の話になるが、2011年9月、台風12号が大変な被害を残していった、

特に奈良県十津川村では村を出入りする全ての道路が通行止めになり、

土砂崩れにより川がせきとめられ、複数の土砂ダムができ、大変危険な状態が続いた。

翌年の夏に熊野三山と十津川村に行っているが、土砂崩れの跡がたくさん残されていた。

和歌山から那智山へ新宮へ, 十津川バス横断の旅

当時、住んでいた地域の近くで起きた大災害ということで、とても記憶に残っている。


その 2011年台風12号 だが、後に紀伊半島大水害と呼ばれている。

といっても、この名前を付けたのは誰なんだろうか?

少なくとも国が命名したものではないはず。国がこの災害を言うときは「平成23年台風第12号」と呼んでいる。

ただ、被害の大きかった和歌山県・奈良県・三重県はいずれもこの災害を「紀伊半島大水害」と呼んでおり、この名前は広く使われていることがわかる。

何の疑問も思っていなかったけど、確かにどこで命名されたのかというのは気になるところ。

明治に起きた、類似した被害を及ぼした災害を「十津川大水害」などと呼んでいたのも踏まえた呼び名なんだろうか。


先日の豪雨、台風によるものではなく、梅雨前線によるものなので、自動的に名前が付くものではない。

ただ、被害の甚大さから、国は早々にこの豪雨に「平成30年7月豪雨」と名前を付けた。

過去にも台風由来ではない豪雨にはこのような名前を付けている。

去年7月に福岡県・大分県で大きな被害を出した豪雨には「平成29年7月九州北部豪雨」と命名している。

ただ、今回は地域名が入っていないのよね。かなり広い範囲に影響が出た豪雨だったのもあるんだろうか。


でも、ニュースとか見ていると、すでに「西日本豪雨」という呼び名に収束しつつあるような気がする。

岐阜県~九州にかけての広い地域で記録的な大雨をもたらし、

特に被害が大きかった地域を列挙しても 広島県・岡山県・愛媛県 の3県にまたがっていることも考慮しているのだろう。

まだ、定着しきったとは言えないが、特に問題視されている様子もない。


災害の呼び名で混乱があったといえば、2011年の東北地方太平洋沖地震だ。

地震の名前は震源地からある程度機械的に決まるが、直下型地震でもなければ震源地と被害の出る場所は必ずしも一致しない。

宮城県・福島県・岩手県の太平洋沿岸の被害が特に大きかった一方で、茨城県・千葉県などの関東地方の被害も大きかった。

そんなわけで、この地震による一連の災害を一体どうやって呼べばよいのか困ってしまった。

NHKは「東北関東大震災」と呼んでいたのを覚えているが、東北大震災と呼んではちょっと実態に合わないという思いが透けて見える名前である。

最終的には国が「東日本大震災」という名前で呼ぶことを決定して収束していったが、少し時間がかかった覚えがある。


今は「先日の豪雨」とでも言っておけばいいけど、それがそのうち通じなくなるのは言うまでもない。

豪雨の被害にあった地域では、復興にしても、将来の教訓としても今回の豪雨の話をしなければならない機会も多いだろう。

そうなったときにわかりやすい呼び名というのは必要になってくるんだよね。

実際、十津川村の歴史を見てみると明治の十津川大水害と、2011年の紀伊半島大水害というのは、村の歴史の中でも特に大きく扱われている。

山深い土地でどう生きていくべきかという教訓を与えているものということだろう。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/23(Mon) 23:16
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確かに熊谷は暑いんだけど

ひどい暑さが続いており、今日も最高気温39℃近くに達する地点が出ている。

しばらくはひどい暑さが続くようで注意が必要である。


暑いといって思い浮かぶところはいろいろあるだろうが、関東地方では熊谷が暑いことで有名だ。

あまりの暑さに「あついぞ! 熊谷」なんてキャンペーンをやっていた時期もあったほど。

でも、なんで熊谷が暑いと言われるのだろう?

そりゃ内陸性の気候でフェーン現象の影響を受けやすいから……という話もあるけど、なぜそもそも熊谷がピックアップされるのだろうか。


実は埼玉県で唯一の気象台が熊谷地方気象台なのだ。

一般的に気象台は県庁所在地に置かれるものだが、埼玉県については熊谷に置かれている。

理由は埼玉県庁が東京からあまりに近いからと言われている。

県庁所在地の都市に気象台がないのは埼玉県だけではなく、千葉県(銚子地方気象台)と滋賀県(彦根地方気象台)がある。

千葉は東京、大津は京都から近いということが考慮されているのだろう。


一方で複数の気象台がある都道府県もある。

1つは北海道、札幌・函館・旭川・室蘭・釧路・網走・稚内と7箇所ある。

もう1つが沖縄県、那覇・宮古島・石垣・南大東と4箇所ある。

沖縄県の気象台の配置は海の観測も考慮したものになっているらしい。

南大東島地方気象台は唯一村にある気象台だ。さいたま市になくて、南大東村にある役所、それが気象台だ。

あと、以前は京都府にも京都地方気象台の他に舞鶴海洋気象台の2つの気象台があった。

海洋って付いてるけど地上観測もやっていたので、完全に2気象台体制だったが、地上観測は集約され、舞鶴での観測は無人化された。

特殊な気象台として成田・東京・中部・関西・福岡と航空地方気象台というのがあるが、こちらは航空向けに特化しているので他の気象台とは違う。


最高気温のランキングに出てくるのは、気象台だけではなく、それ以外の気象官署(大半は無人)もある。

ただ、アメダス観測点ほどは数がないので、関東平野内陸の観測点も限られていて、熊谷、前橋、宇都宮ぐらいでしょうね。

前橋も熊谷とともに最高気温の記録で見ることは多いかな。

いずれにせよ、熊谷が特異的に暑い都市というわけではなくて、

たまたまこの地域の観測所が熊谷に置かれたから、熊谷で記録が出るってだけのこと。

この近くでもっと暑い都市は他にあるのかも知れない。


こういう話は他にもあって、餃子とか納豆の消費が日本一の都市なんていうのも、

家計調査のデータが出るのが県庁所在地の都市と政令指定都市だけだからという話で、

確かに宇都宮市とか浜松市は餃子の消費額が多いのかも知れないけど、もっと多い都市がある可能性は否定できない。

家計調査自体はそれ以外の地域でも行われているが、都市単位の統計データとして出せるのは主要な都市に限られるということ。

かといって都道府県とかという単位ではなく都市単位というのがちょっと不思議ですけどね。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/17(Tue) 22:28
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復旧しつつあるけど

昨日はイトーヨーカドーに、今日は市内の商店街に買い物に行ったけど、

昼間にいくつもりがどっちも暑すぎて、夕方にならないと出られなかった。

というか洗濯物を干すために外に出ただけでも暑くて暑くて。

夕方になって比較的マシになったから買い物に出たというけど、

近くのアメダス観測点の数字を見ると、気温が31℃というのだから十分暑い。


西日本での豪雨から1週間ほどが経過した。

直後は近畿圏・中国地方の鉄道・高速道路が軒並み通行止めになるような状況だったが、

1週間でかなり開通が進み、特に高速道路では山陽自動車道・中国自動車道ともに復旧した。

関門海峡の先の九州自動車道では一部通行止め区間が残っているが、北九州高速で迂回可とのこと。

というわけで広域では人は新幹線で、車は高速道路で移動可能になった。

ただ、未だ深刻な状況が続いている地域も多いようだ。


特に深刻なのがJR呉線、全線にわたり1ヶ月以上の運休が宣言されており、平行する道路も軒並み被災。

国道は暫定的に開通したものの、ひどい渋滞が続いているとのこと。

広島呉道路(クレアライン)という高速道路があるが、これも被害が大きく、復旧には時間を要するとされている。

有効な迂回手段に乏しく、唯一時間が読めそうなのが広島~呉~松山のフェリー、海路という手段があるのはまだ幸いとも言えるが。


そんな中で、明日から限定的だが代行輸送のバス・船が運行されるとのこと。

限定的というのは朝に呉駅→広島駅、夕方に広島駅→呉駅と一方向きしかないということ。

ただ、一方で広電バスが呉~広島の路線バスを再開させている。

この路線バスも本来はクレアライン経由なので迂回しての運行ではあるのだけど。

国道の渋滞がひどいため、一部区間でクレアラインの不通区間を特例的に使うとのことで、多少は渋滞の影響を軽減できる。

さらに、渋滞の影響を全く回避出来るように船も朝に1本限定でJR代行船として運航されるとある。

なんとJRの宮島航路で使っている船を持ってくるのだという。車両甲板まで開放して550人一気に運べるようだ。

まだ十分とは言いがたいのだろうが、長期戦に向けた体制は整いつつあるようだ。


呉線が特に深刻だと書いたけど、JRが1ヶ月以上の運休を宣言している路線が他にも多数ある。

ただ、三原~広島、岩国~徳山については新幹線での代行輸送が効果を上げている。

車両変更・臨時停車・増発などを行い沿線の足を確保している。

岡山~津山を結ぶ津山線は、一部区間を除いて明日に運転再開、一部は1ヶ月以上運休だが、代行バスの設定も行われる。

当該区間は過去にも長期不通になっており、よくも悪くも代行輸送の実績はある。

主要路線で代行輸送のアテがついていないのは岡山~米子を結ぶ伯備線ですかね。

ただ、一方で都市間の高速バスは走っているし、市町村が通学バスを走らせるなどの対応も行われているようだ。

JRも代行輸送を検討中とは書いてあるが、ちょっと準備に時間がかかりそう。


ライフラインという点では水道も復旧しつつあるのだが、復旧のめどが立たない地域があるよう。

というのも、愛媛県宇和島市の一部地域に水を供給している浄水場が被災したのだが、なんと現地での復旧が不可という状況で、

代替の浄水場を整備しなおすまで本格的な復旧はできないようだ。

さすがに断水がずっと続くと衛生面でも影響が大きいので、暫定的に通水しようとしているようだけど、なかなか厳しい。


長期戦を覚悟しないといけない地域もいくつも出てきているようだが、うまく工夫しながらやっていくしかない。

大変なことだけど、いつまでも何も出来ないままというわけにもいかないのだから。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/16(Mon) 23:16
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分館は金沢へ行く

東京国立近代美術館行くかなと思ってWebサイトを開いて、

ポチポチ見てたら「工芸館の石川県移転について」という項目があった。

なんだと……と思って見てみたのだが、なかなか複雑だ。


国立美術館は6館で構成されている。

あれ、5館じゃなかったっけ? と気づいた人は鋭い。実は今年4月に1つ増えたんだよ。

東京国立近代美術館、国立西洋美術館、京都国立近代美術館、国立国際美術館、国立新美術館、国立映画アーカイブ となる。

国立映画アーカイブ はもともと 東京国立近代美術館フイルムセンター だったが、今年4月から独立した美術館になった。

この6館のうち、京都国立近代美術館と国立国際美術館(大阪)が近畿圏、残る4館は東京に所在している。


このあたりの事情は国立博物館も似ていて、2005年以前は東京・奈良・京都と、近畿圏2館と、東京に1館だった。

明治以降、首都ということで文化財の集まった東京と、元々文化財の集中していた近畿圏には博物館の整備が急務だったわけだ。

それが変わったのが2005年の九州国立博物館(太宰府市)の開館だった。

従来の国立博物館とは違うコンセプトで、九州が日本の玄関口として活躍してきた歴史を表す博物館になっている。


そんな中で、国立美術館も他地域での活動を充実できないかということが検討されたのだろうか。

そうして考えられたのが、東京国立近代美術館工芸館の石川県への移転だったのだという。

ちょうど文化庁の京都市への移転も決まっており、その流れもあったようだ。

石川県を含む北陸地域では工芸分野の文化的・歴史的蓄積が大きいことを考慮したようだ。

特に漆工だよね。輪島塗とか有名だけど。現に北陸ゆかりの作品もそれなりにあるらしい。


移転先は、金沢市の本多の森公園、石川県立美術館と石川県立歴史博物館の間に挟まれる形で設置される。

今の工芸館より少し広くなる程度だそう。

ちょうど兼六園の近くで、このあたりは多くの博物館が集積しており、その1つとして国立美術館が加わるわけだ。

東京国立近代美術館の工芸分野の作品の7割程度を移転し、移転後も正式名称は「東京国立近代美術館工芸館」となる。

ただし、金沢にあるのに東京って入っているのは違和感があるので、石川県としては「国立近代美術館工芸館」を通称として使いたいと考えているよう。

現在の東京国立近代美術館工芸館はそのまま別館として存続して、東京での工芸作品の展示活動は引き続きこちらで行われる。

というわけで東京での展示活動はこれまでとさほど変わらない感じなのかね。


東京国立近代美術館の分館という形ではあるが、初めて近畿圏と東京以外に国立美術館ができる。

国立美術館に限らず、国立の博物館で北陸に出来るのは初めてじゃないのかな。

分館とはいうけど、京都国立近代美術館も当初は東京国立近代美術館の分館として設立された経緯もある。

最近でも国立映画アーカイブが分館から独立した美術館になったというのもある。

そう考えると、将来的には独立した美術館になる可能性もあるかもしれない。

工芸専門の国立美術館という立ち位置も明確だし、小ぶりでも存在感を示せるのでは?

そうなると、東京に残される工芸館別館はどうなるんだよって話もあるけど。そのときには展示部門は東京国立近代美術館に集約ですかね。


移転は2020年の予定とのこと。すでに工事に着手しているようだ。

今後、北陸の人たちがレベルの高い工芸品に触れる機会も増えるということで、これはよいことだと思う。

どうしても文化財というのは偏在するもので、1つの参考として都道府県別の重要文化財(国宝含む)のデータを見てみると、

絵画では全2017件のうち、東京都で618件(31%)、京都府で488件(24%)、大阪府で125件(6%)など。近畿2府4県合計で969件(48%)となる。

彫刻では全2701件のうち、奈良県で495件(18%)、京都府で378件(14%)、滋賀県で378件(14%)、東京都で213件(8%)など。

なんと近畿2府4県で1516件(56%)にも達する。まぁ彫刻って仏像が多いですからね。奈良県・京都府が多いのはつまりそういうこと。

工芸では全2457件のうち、東京都で757件(31%)、奈良県で209件(9%)、京都府で185件(8%)など。近畿2府4県で773件(31%)となっている。


長らく近畿圏で住んでいたから、少し行けば多くの文化財に触れられたし、それに味を占めて今も時々出かけているし、

引っ越したら引っ越したで、東京まで近いから博物館など行けば文化財に触れる機会は多いわけだけど、

実のところそうもいかない地域の方がよっぽど多いわけですね。

収蔵品が充実している国立の博物館では、各地の博物館に収蔵品を貸し出す活動も行っているが、

やはりコレクションごとやってくると充実した展示がずっとできますからね。

常に取れる方法ではないけど、この件について言えば、なかなかよさそうだなと思った。


Author : hidemaro
Date : 2018/06/30(Sat) 17:38
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アジア勢のみちしるべかな

サッカーワールドカップが行われているが、

日本チームはグループリーグを勝ち上がり、決勝トーナメント進出を決めた。

昨日のポーランドとの試合ではブーイングが飛び、

グループリーグ2位・3位で勝ち点・得失点差・総得点で並び、最後に勝敗を決めたのは警告点の差という、

なんとも後味の悪い結末だったが、決勝トーナメント進出というのは大きな意味があるのではないかと思うところ。


サッカーワールドカップの出場チームの決め方にさかのぼってみる。

地域ごとの大会を勝ち上がったチームが出場しているのだが、地域ごとの割り振りを見てみると、

  • ヨーロッパ 13チーム(今回は開催国枠でロシアが入るので14チーム)
  • アフリカ 5チーム
  • 南アメリカ 4.5チーム
  • 北中アメリカ・カリブ海 3.5チーム
  • アジア 4.5チーム
  • オセアニア 0.5チーム

と、ヨーロッパが妙に多い。逆にアジアは地域人口の割にはえらく少ない。


ちなみに、今回のアジアからの出場チームは 日本・韓国・オーストラリア・サウジアラビア・イラン の5チームとなっている。

あれ? オーストラリアってオセアニアじゃないの? 実は2006年からオーストラリアはアジアサッカー連盟に鞍替えしたという経緯がある。

オセアニアサッカー連盟の加盟チームはニュージーランドと太平洋諸島の小国たち。

ただし、太平洋諸島でもグアムはアジアサッカー連盟に参加しているので、このあたりの境界は単純ではない。

今回はオセアニアではニュージーランドが出場候補のチームになった。

ただし0.5枠なので、他地域と0.5枠を争う必要があり、ここで負けたのでニュージーランドは出場していない。


どうして、こんなに出場チーム数が歪なのかというと、過去の実績から充実した大会になるようにチーム数を配分したから。

決勝トーナメントへの出場チーム数を見ても、ヨーロッパのチームが圧倒的に多く、アジアの実績はあまりよくない。

最近の実績を調べてみると、アジアで決勝トーナメントに出場したチーム数は、

2002年:2チーム(日本・韓国)、2006年:0チーム(オーストラリアはオセアニア枠)、2010年:2チーム(日本・韓国)、2014年:0チーム、2018年:1チーム(日本)

といった具合で、5回平均で1チームとなる。グループリーグで半分に絞られるとすれば、アジアで4.5チームというのはやや多い。

ただ、地域人口の多さやチーム数の多さも考慮して、実績に対しては多めに割り振ってもらっているのが実情らしい。

逆に実績からすればヨーロッパは出場チームは絞り気味で、今回大会ではヨーロッパは14チーム出場して、決勝トーナメント進出が10チームとなっている。

これは予選段階で絞られているということであり、ヨーロッパのあのチームがワールドカップに出られないなんて、と嘆いている人も見る。


チーム数の割り振りは難しいところで、世界大会としての体面と、試合の充実というところのバランスを考えた結果だろう。

ただ、やっぱり枠数に対してアジア勢のふがいなさというのは、上の数字を見てもわかるとおり、

特に全チームグループリーグ敗退という回もあるのがよくない。

実際、2006年の全チームグループリーグ敗退のときに枠を減らされそうになったらしいが、今後はオーストラリアもアジア枠だからって言って死守したらしい。

それぐらいアジアからのワールドカップ出場枠って危ういものなんだよね。

そういう事情を考えてみると、今回、日本チームが決勝トーナメントに進出したというのは大きな意味があることがわかる。


もっとも、2026年大会から、ワールドカップの出場チームは48チームになることが決まっている。

3チームでグループリーグを構成し、各々1位の16チームが決勝トーナメントに出ることになる。

これにより各地域で出場チーム数が増えるのだが、アジアは恩恵が大きく現状4.5チームから8チームになるよう。

というか、もともとチーム数に比して出場チーム数が多いヨーロッパと南アメリカを除いては、倍増近いようだ。

チーム数が増えて、充実した大会になるか? という疑念はあるが、出場数の増える地域の活躍次第かね。


運が味方したような面もあったけど、全体的には悪くない戦いをしたのかなという理解でいる。

といっても僕自身は試合を見ていたわけでも、そもそもサッカーについて詳しいわけではないけど、

いろいろな人から聞き集めた感想としては、そんな感じ。

大会前には出場チームでは最弱クラスと言われていた日本だが、そんな中ではいいところを見せられたんじゃないかなと。

運も味方してくれたが、運だけで勝てるほど簡単ではないでしょうから。


Author : hidemaro
Date : 2018/06/29(Fri) 23:15
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発電用ダムから砂を運び出すために

あれ? と思ったニュース。

国、トンネル新設検討 大町・高瀬ダム湖の土砂搬出のため (中日新聞)

ダムの土砂を運び出すためにトンネルを建設するの? というのはそういうものかなと思ったけど、

あれ? と思ったのは高瀬ダムは東京電力所有のダムなのに、なんで国がトンネルを作るの? ということ。

勘違いじゃないよね? と思って調べたら、確かに高瀬ダムの所有者は東京電力だった。


そもそも、ダムの堆砂ってご存じですかね?

ダムがない場合、山から流れ出した土砂は海にたどりつき、それがさらに陸に流れて砂浜ができる。

海岸線にきれいな砂浜があるというのは、近くの川から砂が流れてきているからこそである。

もっともよいことばかりではなく、河口付近が砂で埋まって、港の機能を阻害するようなこともある。

大和川付け替えで、大和川流域から大阪港に流れ込んでいた土砂が、堺港に流れ込むようになり、

当時は南蛮貿易(鎖国前だった)などで栄えていた堺港の機能は衰退していった。

一方の大阪港は土砂流入が軽減された後、明治以降に貯まった土砂を浚渫して埋め立て、港湾機能を拡大。現在では日本有数の貿易港である。


ダムができると、もともと海に流れ込んでいた砂の一部がダム湖に貯まることになる。

これにより2つの問題が生じる。1つは海に砂が流れ込まなくなり海岸線が維持できなくなること。もう1つは単純にダム湖が埋まること。

ダム湖が埋まるという点については、もともとそれを見越して堆砂容量を確保してあるので問題ないという説明も出来る。

ただ、水系によっては土砂の流入が多く、ダム湖への影響、海岸線への影響ともに大きい場合があり、

そのような場合は積極的な対策が行われているケースもあるようだ。


さて、ここで最初の話に戻るわけだが、高瀬ダムは信濃川水系に属する。

信濃川水系は比較的土砂の流入が多い水系で、高瀬ダムの上流は土砂崩れの影響で特に流入が多いようで、

そのため総貯水容量の半分が土砂で埋まっているとのこと。

それでも機能が維持できていると言えればよいのだが、問題は高瀬ダムが揚水発電の上池を構成するダムであるということ。

揚水発電は電気を蓄えるのが目的だが、蓄えられる電力量は上池と下池の高低差と貯水容量で決まる。

ということは高瀬ダムが砂で埋まってしまうと蓄えられる電力量が減り、揚水発電の効果が減少してしまう。

そのため東京電力も高瀬ダムの土砂を取り除いて、揚水発電の機能を維持しようとしているが、土砂の行き場に困ってなかなか進まないようだ。


土砂の本来の行き先は海、というわけで取り除いた砂は下流の川に流せばよい。

といっても高瀬ダムのすぐ下だと、下流の七倉ダムに貯まるだけだから意味がない。さらに下流に大町ダムがあるから、その下流に流す必要がある。

そこで高瀬ダムから大町ダム下流へ継続的に土砂を流せるようにトンネルを整備し、ベルトコンベアで輸送するとのこと。

なるほどと確かにという対策ではあるが、気になるのは、このトンネルを作るのが東京電力ではなく国だということ。

調べたところ、土砂を削って確保した容量を洪水調整にあててもらおうという意図があるようだ。


大町ダム等再編事業の概要 (千曲川河川事務所)

本来、電力会社所有の発電用ダムは洪水調整機能を持たない。

なので、洪水時は上流から来た水量と同じ水量を下流に流せばよいが、電力会社が洪水調整に協力する場合もある。

実際、高瀬ダム・七倉ダムも空き容量の範囲で洪水調整に応じたことがあったとのこと。

それをさらに推し進め、電力会社所有の発電用ダムではあるが、一部を洪水調整用に割りあてるわけだ。

そのためには堆砂を取り除いて容量を確保する必要があり、そのための設備は国が整備するということ。

具体的にどういう運用になるのかは不明だけど。


堆砂対策としては、いろいろな方法があるが、削った土砂を下流に流すという方法だけでなく、

平時から土砂を多く含んだ水は直接下流に流す、ダムに土砂ごと流せるゲートを用意するという方法もある。

土砂を多く含んだ水は直接下流に流すというのは、ダムの入口でより分けて、土砂を含む部分は土砂バイパストンネルに流す。

確かにこの方法であれば、ダムが必要以上に土砂をため込むことがないのでよさそう。下流の環境改善にも役立っているようだ。

土砂ごと流すゲートを用意するというのはこういうこと。

ダム排砂設備 (黒部河川事務所)

黒部川は土砂が貯まりやすく、通常の考え方では莫大な堆砂容量が必要になるが、それではなかなかダムが成立しない。

そこで時々、ダムを空っぽにして、土砂を押し流す機能を持たせたわけ。最近は年1回程度、洪水に乗じて押し流しているらしい。


ちなみに堆砂が必ず問題なのかというと、そうでもないらしい。

総貯水容量に対する堆砂量が多いダムの多くは水力発電用で、

特に調整池式の水力発電であれば、高低差を稼ぐことと、短期間の水量の変化に対応できればよい。

そのため、堆砂量が総貯水容量の98%にも達するダムもあるが、それでも運用上は問題ないらしい。

ただ、治水目的では問題だし、発電目的でも揚水発電では問題だ。想定の範囲内ならばよいが、想定を超えると対策が必要になる。それが高瀬ダムということ。


Author : hidemaro
Date : 2018/06/24(Sun) 13:36
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元号に振り回されては使いにくい?

2019年5月1日に元号が変わる予定とされているが、その元号がいつ発表されるのかという話がある。

「山の日」を新設するときにも話題になったが、カレンダーの制作というのはかなり早くから始まっている。

2014年3月に法律が成立し、初回が2016年8月ということで、2年以上かかっているのはカレンダー業界への配慮もあるとされている。

それがなければ1年前ぐらいでなんとかなると思うけどね。


早く発表して欲しいという話もある一方で、元号が変わることが正式に決まっているわけではないのも確か。

いろいろな事情もあって、新元号の発表は2019年になってからだろうと言われているし、

2019年のいつかというのもあまり明確ではない。というわけでカレンダーへの反映はほぼ不可能でしょう。

一方で、2019年は天皇誕生日がないのはほぼ確実なので、これはカレンダーに反映されているはず。


そもそも当初は12月に新天皇が即位して、翌月から(すなわち新年から)改元という話も出ていた。

翌月に改元すればいいんだ

新天皇の即位より後に改元が来ればどんなやり方でも問題ないわけですから。

1ヶ月以内で切り替わるなら十分納得できると思うんだよね。

ところが、やっぱり即位と改元が少しでも離れるのはよくないとか、3月~4月は政治的に忙しいとか、異論があって、

それで落ち着いたのが2019年5月1日だったらしいが、なんか中途半端になったなぁという気はする。

とはいえ、それでも不測の事態がなければ予定した日に改元されるならメリットはあると思っていたが、

その新元号がなかなか発表されない。確かに発表するタイミングが難しいのも分かるのだけど。


改元に振り回される状況では和暦を使う人はなおさら減るのでは? という話があるけど、今さらのことだろうと思う。

職場では1990年代の資料を見てもすでに西暦表記で、以後、社内では和暦は一掃されているのでまず見ない。

普段の生活で和暦を使ってることを意識するのは役所と銀行ぐらいかなぁ。

銀行はどういうわけか和暦なんだよね。しかも通帳の表記は「30—4-19」のようになっているから、2030年? とか誤解しかねない。

数年前までは鉄道の乗車券もほとんど和暦だった覚えがあるが、私鉄・公営ではすでに西暦表記への移行が進んでいる。

JRは未だに和暦表記なんだけど、これも時間の問題のようだ。こういうのは4桁表記にすることで西暦であることが明示できるので移行しやすいんだよね。

改元が予定されているのは動機の1つかもしれないけど、もともとこういう傾向はあったので。


一方で役所では元号は堅いですからね。

住民基本台帳カード → マイナンバーカード の有効期限は10年先のことだからと西暦表記になっているけど、かなり珍しい例だ。

実際には役所は未来の日付も平然と和暦表記することが多いですから。

過去・現在の日付は基本的に和暦表記なのだが、一方で外国人の生年月日は西暦表記というのが、住民票の表記ルールらしく、

役所の書類で生年月日を西暦で記載できても、それは外国人用を想定しているという罠もある。(日本人の生年月日を西暦を選んで書いても受け付けてはくれるだろうけど)

そういう一部の例外はあるけど、よっぽど不都合を感じない限りは変わらないということを表しているとも言える。

うっかり間違えて書き直しとかなるのは困るんだけどね。


Author : hidemaro
Date : 2018/06/14(Thu) 23:39
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監査役か監査委員の取締役か

最近、株主総会の招集通知が続々と届いている。

その中で 監査等委員会設置会社への移行 のための定款変更という議案があった。

説明を読んでいたのだが、あまりメリットがわからなかったので調べてみたら、

どうも監査ということについて会社はいくつかの選択肢があるらしい。


日本の大会社の大半は「監査役会設置会社」という区分になる。

取締役会のある会社では基本的に監査役を置く必要がある。

さらに大会社では監査役3人以上からなる監査役会を置く必要がある。

業務執行の意志決定・監督を行うのが取締役会、監査を行うのが監査役会という役割分担になる。

さらに監査役の半数以上は社外監査役にする必要がある。

というわけで、監査役会の構成としてよくあるのが、常勤監査役1人+社外監査役2人というパターン。

ただし、これだと誰か1人でも欠けると監査役会が成立しなくなるので、補欠監査役を1人あらかじめ決めておく必要がある。

もちろん、常勤監査役2人+社外監査役3人 など、誰か1人欠けても、3人以上 かつ 社外監査役が半数以上という条件を満たすようにしてもよいが。


日本の会社で監査というのは伝統的にこうしてきたが、それに対して 指名委員会等設置会社 という制度が2003年にできた。

アメリカの制度を参考に作られたらしいが、従来の日本の会社制度とは差が大きくて、

  • 取締役会に指名委員会、監査委員会、報酬委員会を置き、それぞれ取締役3人以上 かつ 社外取締役が半数で構成される
  • 監査役は置かない (監査委員会がその役目を果たす)
  • 執行役を置く (取締役と兼任可)

となっている。確かに監査役会設置会社とは差が大きそうに見える。

ただ、差が大きそうに見えるといいつつも、監査委員会と監査役会は3人以上で構成され、半数が社外の人という点では同じ。

指名委員会等設置会社 では委員会を構成するのに社外取締役が必要だが、今や公開会社では社外取締役は普通にいる。

指名委員会等設置会社 では執行役が必須で、これは執行役が業務執行、取締役会はその監督という役割分担を明確化するという意図もあるようだ。

一方で、それ以外の会社でも執行役員を置くことが多くなっている。取締役以外で会社の業務執行に関わる人を執行役員にしておくと。

執行役は会社法の制度、執行役員は各会社の任意の制度だが、実態としては似たようなものだと思う。

指名委員会・報酬委員会も任意の制度として設けている会社もある。


というわけで、監査役会設置会社 も 指名委員会等設置会社 の考えを取り入れた構成になりつつあるという話なのだが、

1つ決定的な差があって、それは監査委員が取締役として会社の意志決定に関わるということ。

従来の監査役会設置会社では監査役会は取締役会と明確に分離されていて、監査役は専ら監査だけをしていた。

ところが監査委員は取締役であって、会社の業務執行を監査するという両方の役目を持つことになる。

社外の人に監査だけでなく、意志決定にも関わってもらおうという意図だったのだろうが、監査委員となる人の責任は重そうに見える。


さて、これで最初の話に戻るのだが、監査等委員会設置会社 というのは、

指名委員会等設置会社の委員会のうち、監査委員会相当の 監査等委員会 だけを置く会社ですね。

監査役を置かないこと、監査等委員は取締役であるという点では、指名委員会等設置会社と同じ。

指名委員会等設置会社の簡易版のような感じで、指名委員会等設置会社よりも普及度は高いようだ。

ちなみに指名委員会・報酬委員会を任意で置くことも出来る。(必ずしも取締役で構成する必要もない)


そういう観点でこの会社の取締役候補者を見てみると、

まず取締役の人数は変わらないが、その一部は監査等委員だから、従来の取締役+監査役と比べると監査役の分だけ人数が減っている。

社外取締役の総人数は変わっていないので、監査役が取締役になったことで社外取締役の人数が増えたというわけでもない。

全体として社外の人に監督してもらう仕組みを強化しようという感じはしなかった。

どちらかというと、取締役会の役目を業務執行から監督に持って行くという意図なのかなと。

もともと取締役の数が多めだったので、業務執行に関わる取締役が少し減っているのはそういうことなのかなと。

分社化を行い、会社の組織も変わってきたので、それに応じた制度をという意図もあったのだろう。


当初のコンセプトというところに差はあっても、どの制度を選んでも似たような方向へ向かっているのかなという気がする。

公開会社の場合、証券取引所の指示で社外取締役を2人以上置きなさいとかありますからね。

ただ、やはりそれぞれコンセプトに差があるのは確かで、そこがどの仕組みを採用するかのポイントなんだろうかなとは思う。

でも、それをわかりやすく会社が説明しているかというと、そこは疑問なんですけどね。


Author : hidemaro
Date : 2018/06/05(Tue) 23:19
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それでも八王子市だ

八王子市に南大沢という地域がある。多摩ニュータウンの一地域である。

僕はそのことを知ったときに、多摩ニュータウンって八王子市にかかってたの?

と思ったのだが、とはいえ、この地域は八王子市としてはやや特異な地域である。

というか八王子市の多摩ニュータウン自体がそうなんだけど。


東京方面から南大沢へ行く場合、京王相模原線を使うのが通常である。

調布で分岐して走って行くわけだが、多摩川を渡って稲田堤駅付近、その先、稲城市を抜けて若葉台駅付近で川崎市を通る。

ちなみに若葉台駅は稲城市の若葉台、ここも多摩ニュータウンの一地域だけど、その名前を付けている一方で、駅の片側は川崎市になっている。

そして、その先、多摩市に入り、多摩ニュータウンの中心となる地域を通る。そして八王子市に入って、堀之内駅、南大沢駅となっている。

東京都内の移動なのだが、少し川崎市を通るのが特徴だ。川崎市が細長いのでどうしてもかかっちゃうんだよね。

これが東京あるいは狛江・調布付近から南大沢へのルート。


じゃあ八王子中心部との移動はどうするのかという話である。

1つはバス、京王バスが運行しており、南大沢駅~八王子駅を40分ほどかけて走る。

てっきり住宅団地の中をぐるぐる走っているのかと思ったが、そこまでではなかった。

もう1つ、鉄道を使ったルートもある。こっちの方が所要時間は短く、運賃も安いのだが……

そのルートが問題で、八王子駅から横浜線に乗り、橋本から京王相模原線に乗るというルート。

これが何を指しているかというと、八王子市内の移動にもかかわらず相模原市をガッツリ通るのだ。相模原市ということは神奈川県だ。

地図で見るとけっこう遠回りに見えるのだけど、それでも乗り換え時間込みで所要時間30分程度だから、電車の方が速い。

このあたりは多摩市の多摩ニュータウンだと、多摩ニュータウン以前の市街地にある聖蹟桜ヶ丘駅とのバス路線が充実しており、利用者も多いのとは対照的だ。

京王相模原線ができる以前からの歴史も長いのもあるんだろうけど。


東京または調布から行っても、八王子市街から行っても、神奈川県を通るという変なところだが、

バスを使わず、東京都内だけの移動で済ませる手段は一応ある。

それが多摩センター駅から多摩モノレールに乗るという方法。こうすれば神奈川県を通らずに日野・立川方面に行ける。

ただし、運賃はかさみますけどね。南大沢~立川で見ても、橋本・八王子経由の方が安上がりと出る。所要時間も大差ない。

感覚的にはこっちの方が近そうに見えるんだけどね。ちょっと分が悪い。


そんな八王子市なの? という地域だが、僕が話題にするときは「八王子の南大沢」というような具合に、

八王子市にあることを明示するようにしている。まぁ違和感があるといわれたこともあるけど。

断りなく使うにはちょっと厳しい地名だと思うんだよね。

八王子市に2つある大沢のうち南の方というところから来ているが(cf. 東野田だけあるのはなぜ?)、町村制施行時の村の名前は由木村だし。

言うほど八王子か? という話はあるけど、八王子市にあることは揺らがないしね。

というか、僕が一番よく行く八王子市が南大沢だし。


こういう言い方をするのは、飛び地のような地域でも市町村の名前を冠した地名を見ることが多かったからかもしれない。

その最たる例が西宮名塩駅、西宮市だが、六甲山脈を挟んだ先の名塩地区にある。

西宮市中心部との往来は不都合だったが、近年になってバスが走るようになったとか。

そんな地域でも駅名や住宅団地の名前に西宮と付けているわけだから、やっぱり市の名前って重要だなと思ったものだ。

その他、ある市の果てにあるのに、雑にも市の名前を拾っている施設もけっこう見てきた。


余談だけど、さっき京王相模原線が川崎市をかすめると書いたけど、このあたりの川崎市に仕事で行くことがたびたびあった。

「明日は川崎に出張だ」といいながら、京王に乗るというと怪訝な顔をされたこともあったが。

こんな地域だけど、工業都市らしい姿も多く見られる。それがこの地域で仕事で行く背景としてあったんだけど。

海の川崎も山の川崎も行く機会が多く、どっちも川崎だと思っているけど、世間的にはそうでもないんだよね。


Author : hidemaro
Date : 2018/06/02(Sat) 23:52
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営業所と別に車庫がある

自動車には使用の本拠を決めなければならない。

ナンバープレートに書かれる地名はこの使用の本拠の場所で決まる。

個人の場合は、基本的には住所が使用の本拠になるが、別荘に常置しているとかいう場合はその限りではない。

法人の場合は、その自動車を使う事業所の場所が使用の本拠になる。

ここでバス会社だと営業所の場所が自動車の使用場所になるというわけだけど、

バス会社によっては営業所以外の場所に車庫を持っている場合もある。


というのも、奈良交通は廃止した営業所を車庫として残している例がけっこうあるらしい。

特に葛城市にある葛城営業所は中南部の大半の路線を担当する営業所だ。

一般道のみを走行する路線バスとして最も長いとして知られる八木新宮線も担当している。

十津川村には十津川営業所があるのだが、担当しているのは五條~十津川のバスと十津川村営バスに限られる。

長距離走るバスも多いし、そもそも営業所から離れた地域で発着するバスもあるわけで、

朝に営業所を出て、夜に帰ってくるという方法では対応できないことがある。


一方で葛城営業所の管轄エリアが広いのは営業所を統合したからという経緯もある。

調べてみるとかつての営業所が車庫として残っているらしく、

  • 五條バスセンター (旧五條営業所)
  • 大淀バスセンター (旧吉野営業所)
  • 新宮車庫 (旧南紀営業所)

それぞれどういう位置づけなんだろうね?

五條バスセンターも大淀バスセンターはバスターミナルであるとともに、車庫として機能している。

五條バスセンターは降りたことあるけど、けっこうな台数のバスが停まっていた覚えがある。

どこかでここに出勤する乗務員もいるらしいというのを見たんだが、真相はわからない。


新宮車庫は八木新宮線の折り返し拠点として残っているのだが、南紀営業所は八木新宮線の担当営業所というわけではなかった。

昔から八木新宮線の専用車は「奈良」ナンバーを付けて走ってますからね。南紀営業所があった頃から葛城営業所所属だったことを表している。

最後の担当路線は 新宮駅~熊野市駅~下北山村~上北山村~川上村 の路線で、ここでは「和歌山」ナンバーのバスが走っていたらしい。

この当時、川上村~下北山村の区間便の運行のために、下北山村にあった旧北山営業所を車庫として使っていたようだが、

ここには「和歌山」ナンバーのバスがいたらしく、奈良県内の車庫にも関わらず、担当営業所の場所を本拠とするバスが出入りしていたと。

2006年にこの路線の奈良県外区間が廃止となり、川上村~下北山村の区間は当時は存在した吉野営業所に移管された。

この地域で「和歌山」ナンバーで走るバスもなくなり、南紀営業所も担当路線がなくなったことで廃止となった。

それでも八木新宮線の運行には必要という理由で車庫自体は未だに残っているのだという。それどころか乗務員は新宮車庫に出勤しているとか。


単なる折り返し拠点ならば自動車の使用の本拠ではないのは納得なのだが、

営業所以外の場所に常置されるようであれば、それは使用の本拠なのでは? という話にもなる。

実際には常置されている車両なんてなくて、営業所の車両と常に交換され続けているのかもしれないし、

こういう懸念はまったくあたらないのかもしれないけどね。

ただ、バス会社の解釈次第で自動車の使用の本拠が変わる例もあるのかなという気はしたが。


なんでこんなことを書いたのかというと、「飛鳥」ナンバーが導入される予定だが、

この地域には奈良交通の営業所がないので、「飛鳥」ナンバーの路線バスは存在しない見込みとなっている。

地域ごとのナンバープレート

橿原市コミュニティバス の専用車すら葛城営業所所属のはずだから「飛鳥」ナンバーにはならないだろう。

コミュニティバスもいろいろだが、白ナンバーだと市町村所有でなければならないが、営業用の緑ナンバーの場合はバス会社所有なので。

一方でこれらの地域に車庫があれば、そこが使用の本拠だと言える可能性がある。

車庫飛ばしのチャンスがあるか? という話だが、それすらこれらの地域にはなさそう。


そんなナンバープレートのためだけに営業所新設はありえないでしょうけどね。

でも、せっかく導入するんなら、飛鳥エリアを訪れる観光客の足にもなる路線バスでは付けて欲しいという思いはある。

かといって実態が伴わない車庫飛ばしはコンプライアンス上も問題のあることなのは言うまでもない。


Author : hidemaro
Date : 2018/05/31(Thu) 23:19
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