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どこが都心なんだか

東京ほど都心の定義がわかりにくい都市もないと思う。

いや、もっとわかりにくい都市あるよと言われるかもしれないけどね。

ただ、大阪・京都・神戸と比べるとずいぶんわかりにくい。


東京都心ということで、おそらく一番狭い定義が都心3区という表現。

これは千代田区・中央区・港区の3区を指す。

確かにこの3区は多くのオフィスがあり、東京の中心的地域であることに疑念はないけど、

そうはいっても、港区とか場所によってはほとんど住宅地だしねぇ。

歴史的にも大名屋敷とか多かった地域で、もとは江戸の郊外の高級住宅地という位置づけだったんだろうと思うけど。


一方で、山の手の3大ターミナル、新宿・渋谷・池袋のあたりというのもかなり栄えている。

特に新宿界隈の繁華街は東京では一番広い繁華街として知られている。

けど、その新宿界隈も歩いて見ると繁華街である範囲は意外と狭い。(cf. 新宿界隈をぐるっと回る)

まだ、新宿の場合、周りがオフィス街だし、東側に進めば千代田区に到達するわけで、都心として捉えてもそんなに違和感はないのだが、

渋谷とかちょっと歩いたらもうすぐに住宅地みたいなところになっちゃうので、薄っぺらいもんである。

駅があるから、その周りが繁華街になっただけで、もともと郊外に過ぎなかったと。

とはいえ、駅周辺を見る限りは都心の繁華街であることに疑問は持たないだろうが。


東京都の見解としては、都心3区以外で業務中心の役割を果たす地域は副都心だそうで。

新宿副都心、渋谷副都心、池袋副都心、上野・浅草副都心、錦糸町・亀戸副都心、大崎副都心、臨海副都心が定義されているよう。

意図としては都心3区への集中を避けるために、その周辺に副都心となる地域を定義したというのがポイントのようで。

だから、従来の都心と連続しているとは限らないし、むしろ切り離されてよいわけだ。

前3つは副都心と定義されてかれこれ50年ほど経ってるそうで、もはや定着している。

後発組である、後ろ4つはまだ都心に準ずるとまでは思われていないのが実情か。


最初に書いたが、大阪・京都・神戸というのはいずれも都心がはっきりわかる都市だ。

大阪は船場を中心として、市街地が発展してきた。

都心の範囲も中央区・北区・西区を中心に、天王寺区・浪速区・福島区が入るか入らないか。

単純にこれは連担した市街地のどこまでを都心とするかだけの問題。全て連続している。

京都も神戸も都心の範囲はかなり狭い。

京都は四条通・烏丸通を中心とする狭い範囲が都心だと思われている。なかなか厳格である。

神戸は海と山が近いこともあって、市街地は細長くならざるを得ない。概ね中央区域に限られるだろう。

というわけで、どれもわかりやすいでしょ。


東京の都心がこれほど飛び散ってしまった理由はいろいろな事情があるようだが、

要因として大きいのが、私鉄が伝統的な都心に乗り入れることが叶わなかったこと。

渋谷・新宿・池袋のような(当時にしては)郊外で足止めされ、ターミナル周辺の開発だけが進んだと。

それが今は都心扱いされるようになってしまったというのは努力のたまものとも言えるのだが、それが混乱のもとだとも言える。

というわけで東京で都心という言葉を使うときには定義にご注意を。まぁちゃんと理解していれば問題ないでしょうけど。


Author : hidemaro
Date : 2017/08/17(Thu) 23:50
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無記名だけど無記名じゃない

明日から5連休だけど、盆休みという意図ではない。

明日に用事があるのと、土日が用事で潰れた分を月曜に休暇を取ることを合わせると5連休になる。

けど、明日も来週月曜も休暇(夏休み含む)取る人多いから、全体的に職場は人少ないでしょうけどね。


労働組合がアンケートをやっていて、これの回収をやっていた。

このアンケートは内容が内容だけに秘密厳守ということになっていて、

  • 冊子状の回答用紙をステープラで留めて提出
  • 回答用紙は無記名で、集計は外部業者が行う
  • その一方で、回答用紙の耳が切り離せるようになっていて、切り離して一緒に提出する

完全に無記名だと誰が提出したか管理できないので、

回答用紙と切り離せる部分に名前を書いておいて、提出時に切り離してしまうと。

すると誰が提出したかは把握できるが、どの回答用紙が誰の記入したものかは識別できないというわけ。


実際には手元にチェックリストを用意して、受け取るたびに提出済の人をチェックしてとやっていたので、

耳に書かれた名前を集計してということはあまりやらなかった。

ただ、不在時に机に回答用紙と耳を置いていくひともいて、そういう場合は役に立っている。

期日が近づいても未提出の人には適宜催促して、だいたいは自分から提出してくれたんだが、

2人ほど提出してくれない人がいて、直接取りに行くも、まだ記入が終わってないからちょっとだけ待ってくれと言われる。

どうせそんなことだろうと思ってましたがね。


ともあれ、予定通りに集まったので、さらに上位のとりまとめの人に渡すのだが、

この人は回答用紙の総数を数えて受け取っていった。

すなわち手元には耳だけ残ったのだった。

こんなもん持ってても何の役にも立たないからすぐ捨てたけど。

結局は総数さえ合えば問題ないんだよね。


無記名だけど、誰が出して、誰が出してないか把握されるというのは選挙もそうだよね。

あれは、投票用紙を受け取るときに名簿にマークして、投票用紙自体は名前がないという話ですが。

投票用紙の持ち帰りがなければ、名簿にマークして投票用紙を渡した数と、投票総数は一致するのだけど。

これと同じようなことを逆の順番でやってるってことだね。

もっとも、回答用紙本体と耳部分を分けてシャッフルして保管してくれることが前提ですが。

これがよくシャッフルされてないと意味がないので。回答用紙本体はステープラで留めてあるとはいえ。


Author : hidemaro
Date : 2017/08/09(Wed) 23:08
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新北市は台北市を囲む

台湾の地名で、2大都市である台北(Taipei)と高雄(Kaohsiung)はわかるし、

それに次ぐ台中(Taichung)もなんとなくわかる。

それとともに並べて書いてあった板橋(Banqiao)ってどこだ? と思って調べると 新北市 の地名だそうで。

そんな都市あるのかー、どこだろ? と思って地図を見たら……

新北市 位置図 (Wikipedia)

なんか台北市を取り囲んでるんですが。


調べてみると台北都市圏を構成する市の1つで、かつては台北県という名前だったそう。

中華民国の県は省の下で、市・鎮・郷の上ということで、郡相当の行政区分だそうで。

詳細な役割はよくわからないけど、調べる限りではかなり基礎的な区分のように見える。

ここで、県の下に市があると書いたが、中華民国では市も直轄市・省轄市・県轄市の3種類があって、県の下に来るのは県轄市。

省轄市は単独で省の下に来る市で、日本の市町村のイメージに近いのかな。

直轄市は単独で省相当となる市で、台北市と高雄市は長らくこの区分にある。

台北県というのは台湾省に属していたのだが、台北市は台湾省には属していないという差がある。1レベル違う階層だったってこと。


いわば、台北県は台北市が台湾省から抜けて、その周辺で台湾省に残った地域をまとめていた行政区分だったと。

ただし、中華民国の実効支配区域には台湾省と福建省の2つの省しかない。

しかも福建省というのはわずか3つの島だけだから、省としての体を成していない。

そんな事情もあって、台湾省と福建省の機能は停止されている。

なので、台北市と台北県が1レベル違うというのは実態には即していなかったんだけどね。


見ての通り、台北市の郊外を取り囲み、台北都市圏を構成する台北県は非常に多くの人口を抱えるようになった。

そんな中で、台北県を直轄市に引き上げることとなった。

このとき台北県は新北市に改名されたのだという。英語表記が”New Taipei City”なので、台北郊外の新しい街という意味があるんかね。

現在は中華民国実効支配区域で一番多くの人口を抱える市となっている。台北市より広い分、人口も多いのだ。


日本では指定都市であっても都道府県に属するので、都道府県で歯抜けになる地域というのは発生しない。

ただ、今は名目上の存在だから気にしないけど、日本でも町村が市になると郡から抜けるということはある。

すると郡が歯抜けになったり、飛び地になってしまったりということは発生する。何の不都合もないけど。

制度上、上位の行政区分に移行すると、これまでの枠組みを抜けないといけないとなると、

台北県→新北市のような不自然な行政区分が発生することはあるんだよね。

それを解消することなく、そのまま台北市と同格の直轄市に格上げしたっていうのは驚きだけど。


結論から言えば、板橋 というのは台北都市圏に属する街の1つということになる。

一見するとわかりにくいけど地図を見れば明らかなので。

というか地図で見ると、台北市とほとんど区別が付かないぐらい近い。

大阪の梅田~江坂(吹田市)が6kmほどしか離れていないとか、そういうのに通ずるものがあるのかなと。

そういう隣接都市がよってたかって1つの市になったのが新北市だってことですね。

日本だと東京に対する川崎市がそれに似てるかもね。さすがに四方囲んではいないけど、南側に限れば。

東京都の特別区域の外縁部に沿って長く伸び、市内の行き来よりも東京との行き来の方が便利な地域がしばしばというところとか。


Author : hidemaro
Date : 2017/08/01(Tue) 23:44
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社会で受け入れできる限界はあるか?

おとといのNHKラジオの19時ニュースで流れた話題なんだけど。

障害者殺傷事件 被告が手紙で取材に応じる 謝罪はなし (NHK)

去年、相模原市の障害者の入所施設であった殺人事件の容疑者に手紙を通じて取材したってニュース。

これ自体はNHK独自のニュースなのだろうが、こういう形での取材は他の報道機関もやっていたようで、

どういうわけか容疑者は取材に協力的なようだ。


手紙でのやりとりの全てを公開したわけではないので、ニュースで伝えられた内容はそのうちどれぐらいの内容だったのかは分からないが、

ニュースを聞いた率直な感想としては、できるだけ素直に手紙の内容を伝えたもんだなと思った。

ニュースで取り上げるには怖い内容もけっこう含まれていて、

「意思疎通がとれない人間を安楽死させるべきだ」

「ニュースでは、過激派組織IS=イスラミックステートの活動と、トランプ大統領の選挙演説が放送されました。世界には不幸な人たちがたくさんいる、トランプ大統領は真実を話していると思いました」

公共放送がテロを扇動するのか、とも言わんばかりの内容だ。

もちろん、NHKはこれに反対の立場でニュースを読んでいるわけだが、視聴者が正しく理解してくれるかは定かではない。

それは承知の上で、それでも視聴者に考えて欲しいのだという意図なんだろうと思うんだけど。


このニュースを聞いていて僕が感じたことは、この容疑者は殺すべきと主張する障害者の範囲はかなり限定しているということだ。

ご存じの方も多いだろうし、この記事にも書かれているけど、容疑者はもともとこの施設で働いていた。

すなわち、障害者福祉の最前線にいた人で、きっと多くの障害者を見てきたはずだ。

そういう人がこういうことを決断したということは非常に重いメッセージだ。

ただ、その手紙をよく見てみると「意思疎通がとれない人間を」とか「重度・重複障害者を」とかかなり限定が入っていることに気づく。

事件時も、職員に言葉を話せないのは誰だと聞いたような話もありましたから、障害者全てというわけではないんだよね。

これがこの事件の本質なのでは? と僕は考えた。


そう考えてみると、こういう話題を取り上げても、この事件への反論にはならんわけですね。

「障害者はいたほうがいい」 一緒に生きるパン屋の日常 (朝日新聞)

考え方としては大切なんだけどね。

ただ、この人たちはいろんな人の助けも受けながら、社会の中で居場所を獲得している。

他の人よりお金も手間もかかってるかもしれないけど、それが割に合わないなんてことはないはず。

だから、先に書いた容疑者の主張の対象外なのではないかなと。


障害者であっても居場所を獲得できるようにすることは、社会的な使命だ。

実際、勤務先でも障害者らしき人はいるからねぇ。障害の種類・程度はいろいろだと思うけど。

まともに給料をもらって自立して生活できるに越したことはないし、

そこまで至らないにしても、社会の中ではいろんな居場所が想定されるのではないだろうか。

ところが、非常に重度の障害者については、社会で受け入れできない限界があるのではないかと問われるとどうだろう?

まだその限界が見えているかは定かではないけど、限界がある可能性というのはあるかもしれない。


今の日本で社会で受け入れられる障害者の限界を論じるのは早いかも知れないが、

一応、この事件の背景としては、重度の障害者を受け入れられる施設が限られてきていると言う事情があるとされている。

昔は障害者はすべからず入所施設に入りとやっていたから、入所施設の定員はかなり多かったらしい。

けど、時代が進むにつれて、施設に入所せずに、施設に通って支援を受けるような人が増えてきた。

そうなると入所施設の定員が減るわけだけど、その一方で重度の障害者を中心にニーズがなくなるわけではない。

すると数少ないところに重度の障害者ばかりが押し込められることになると。

実際の事情はそんなに単純ではないだろうが、傾向としてはそういうことがあるようだ。


とはいえ、もう1つ忘れてはいけないのは、明日は我が身かもしれないということ。

何があって、社会で受け入れ困難とされる状態になるかも知れない。

一番想定しやすいのは年老いることですかね。それ以外でも事故や病気というのもあるかもしれないけど。

そこに上で取り上げたような主張を当てはめたとき、どういう反論ができるか?

全てごもっともと納得できるわけはないだろうが、どうしても反論できない部分が残るような気がする。


ところで、「障害者を育てることは、ばく大なお金と時間を失う」という話で出ている、

「ばく大なお金」のうち公的な部分は、税金と年金保険料でまかなわれている。

障害者への給付のうち、代表的なものが 障害基礎年金、自立支援給付、生活保護 あたりですかね。

障害基礎年金は老齢基礎年金とともに20歳以上の人が納めている年金保険料で1/2と国の税金で1/2がまかなわれている。

20歳以前から障害がある場合(年金保険料を全く納めていない場合)でも、所得が多くない限りは支給される。

というわけで、十分な稼ぎが得られない障害者にとっては非常に重要な制度だ。

自立支援給付は、障害福祉サービスを自己負担1割・公費9割で受けられる制度。

自己負担1割というのは介護保険に似ている。制度的にもよく似ている。

1割負担といっても、自己負担には所得に応じて上限がある。住民税非課税だと上限0円だから、全額公費ってことだな。

公費というのは市町村1/4、都道府県1/4、国1/2ということで税金ですね。

最後に生活保護だが、いろんな制度を使っても対処できないとなれば、生活保護の出番ですかね。これも税金。


全額公費というわけではないけど、いろんな形で負担していると。

特に年金ですよね。老齢年金ばかり目が行くけど、障害年金ってのもあるんですよね。

すでにサラリーマンになってしまった人にとっては、老齢厚生年金ってのもあって、

老齢厚生年金が現役時代の給料(標準報酬額)の平均に応じて支給されるように、老齢厚生年金も現役時代の給料に応じて支給される。

なので、所得補償の意味合いも強い制度なんですね。もしものときの制度として理解しやすい。

基礎年金もそうなんだけど、保険料を全く納めてない人でも支給が受けられるという点では特徴的なので。

あとはもちろん税金ってのもあると。そういう理解でよろしいかと。


Author : hidemaro
Date : 2017/07/27(Thu) 23:38
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わが健康保険組合は厳しい

健康保険組合が扶養家族の調査をやっているよう。

扶養家族がいない僕には関係ない話なのだが、どんな調査なんだろうと説明を見てみたら想像以上に負担の重い調査だった。


対象者は20歳以上の扶養家族となっている。

20歳未満の扶養家族については、特に調査しなくても適正な運用がされているだろうという想定だろう。

調査っていっても調査表に収入とか必要事項を記入するだけと思いきや、添付書類が必要と書いてある。

この添付書類も簡単に集められる書類ばかりではないのだ。


同居している20歳以上の家族に対しては、市町村の発行する課税証明書が必須となっている。

これを20歳以上の扶養家族全員分付けないといけない。

ここで収入が0円ならば、それで終わりなのだが、収入がある場合は最近12ヶ月分の給与明細を全て提出するようにと書かれている。

退職したりで、今後収入がないのが明らかならば、それを証明する書類を提出すればよいのだが、

継続して働いている場合は、過去12ヶ月で給与を受け取った月の全ての給与明細を提出する必要がある。

給与を受け取っていない月がある場合は、その月は働いてなかったからないとか、そういう説明が必要だそう。


さらに別居の家族の場合、仕送りの証明が必要になる。

通帳のコピーを提出して、それで毎月欠かさず仕送りがなされていることを示さないといけない。

確かに仕送りで生計が成り立っているのが前提ではあるのだが、その方式について詳しく定義があるわけではない。

ただ、客観的に見て仕送りで生計が成り立っていることを証明できないなら、扶養家族には留め置けないという運用をしているようだ。

別居している家族が学生の場合はこのあたりの条件が緩和されていて、学費とか家賃を振り込んでいることが証明できれば足りる運用で、

証明書が出せなくてしくじる可能性は低いようになっているのだが、原則はこの通りとのこと。


ところで、これを見て変だと思った人がいるかもしれない。

課税証明書を見れば収入が分かるのに、なぜさらに給与明細を出させるのかと。

これは、健康保険の扶養家族の基準では、収入に通勤手当を含むことになっているからだそう。

所得税・住民税では通勤手当はほとんど除外されるようになっている。

なので、給与支払者から市町村に送られる給与支払報告書にはそもそも通勤手当の金額は書かれていない。

だから健康保険の扶養家族にあてはまるかの判定には給与明細が必要というのが、健康保険組合の見解らしい。

とはいえ、そもそも収入が低すぎる人が、通勤手当などの差で扶養家族にならないというのは不自然な話だし、本当に必要なのかは疑問だが。


働き始めるまで、父の扶養家族として健康保険に入っていたのだが、そのときこんな苦労をしてたのだろうか。

けど課税証明書取ってきてとか言われた覚えないし、ましてや給与明細を出せと言われた覚えもない。

気になって、当時加入していた健康保険組合のWebサイトを見てみると、

そもそも定期的な調査についての記載はなく、新規に扶養家族に入れるのに必要な証明書すらこれより緩いものだった。

だからおそらく父はこういうことで苦労した覚えはないのだろう。

自己申告ぐらいはあったのかもしれないけど、その程度ならそんなに大変なことではないし。


扶養家族に対するチェックが厳しいのは、本来対象ではないのに異動手続きがなされないことがあったからだろう。

確かに健康保険の扶養家族の条件ってけっこう厳しくて、その一方で対象者にならないと自分で健康保険に加入する必要がある。

本当は勤め先で加入できればいいんだけど、加入できないと国民健康保険に加入する必要がある。

そのことを知らないまま、扶養家族に留まってしまうことがあると。それが問題だと言っている。

パートタイムでも一定の条件を満たせば、事業者は健康保険に加入させないといけないんだけど、

扶養家族の基準に当てはまらないからといって必ずしもこの条件を満たせるわけではない。

所得が低ければ国民健康保険料は軽減になるので、国民健康保険だから高いというわけでもないのだけど、収入が増えるとガンガン上がる。


健康保険は制度によって保険料の負担が違いすぎるので、有利な制度に乗っかりたいって話が出るんだよね。

なにしろ職場の健康保険の保険料(共済組合の短期給付の掛金含む)は基本的に標準報酬月額・賞与だけで決まる。

扶養家族の人数は無関係だから、扶養家族に含められればそれだけお得なのだが、それだけにこういう厳しいことを言われる。

後期高齢者医療制度ができて、75歳以上の人は扶養関係とは無関係に独立して健康保険に入るようになった。

これまで自分で保険料を払ってなかった人にとっては新たな負担が発生することになるのだが、

他の健康保険からの支援金や税金が投入されるので、国民健康保険よりは全体的に有利な制度になってるはず。

これまでより公平な制度になったって話ですね。高齢者同士で見ても、保険者同士で見ても。


というわけで、なぜ厳しい調査をやっているかというと、今の健康保険の制度がいかに不公平かという話なんですね。

基本的にサラリーマンにとっては有利な制度なんだけど、それでよいのかという話だ。

とはいえ、根本的に変わる気もしないんだけどね。特にサラリーマンの健康保険は。国民健康保険は変わる余地があるけど。


Author : hidemaro
Date : 2017/07/19(Wed) 19:51
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突然、国立町になった

まれに市町村の名前が変わることがある。

村→町、町→市と変わるときに変わることが多いと思うが。


あまり本質的ではない変化の一例として、長野県の大町市がある。

大町市は市になる以前は 大町 だった。

そのまま市になると 大市 になるところだったのだが、大町市に改名することで回避した。

あと、市の名前は全国で被らないのが原則なので、市になるときに改名することがある。

奈良県の郡山町が市になるときに大和郡山市になったのがその1つの例。

実は福島県の郡山よりも古くからある地名であることは明らかなのだが、市になったのが後なので、こういう対策が必要だった。


このあたりはなんとなく事情が分かるのだが、東京都には村から町になるときに唐突に改名した町があった。

その町は後に人口増にともない、特に合併することなく市になっている。

それが現在の国立市だ。

当初、谷保村だったのに、町になるときに国立町に改名し、市になってもそれが引き継がれている。


谷保という地名は現在も国立市内に存在している。

JR南武線に谷保駅が存在しているが、かつて谷保村を代表する駅だったのだろう……

と思ったのだが、実は谷保村に初めてできた駅というわけではないらしい。

谷保村の歴史を調べてみると、村内に初めて出来た駅というのは 国立駅 だったそうだ。

国立というのはもともとこのあたりの地名ではない。

国分寺駅と立川駅の間あたりに新しくできる駅だからこんな名前にしたらしい。

なんていい加減な命名だ。谷保村にはじめて出来る駅だし、素直に谷保村の名前から拾えばよかったんじゃないのかと思える。


国立駅は箱根土地の宅地開発のために作られた駅で、国立という駅名を命名したのも箱根土地だ。

箱根土地というのはコクド、西武グループの前身となった会社だ。

現在の地図を見てもそうなのだが、国立駅は国立市の北端に近くて、あとちょっと北に行くと国分寺市になる。

実情は谷保村のための駅としてできたわけではなかったんだろう。開発した土地が谷保村にあっただけ。

そこは谷保村の中心ではなかったのだ。


なぜ谷保村は国立町に改名したのかという話だが、

谷保村の方針として国立駅付近の開発に伴い「理想の文教都市」を目指したという経緯があったそうだ。

「くにたちの歴史」を紹介します (国立市)

これから谷保村は国立駅付近の新市街地で大きくなっていくのだと方針を立て、

実際に人口が増加して町になるにあたっては、新市街地の名前である国立から町の名前を拾い直したと。

そういう経緯があったらしい。


こういう例って他にあるのかなと調べてみたら、愛知県の豊田市が引っかかった。

豊田市中心部のもともとの地名は 挙母(ころも) だったんだよね。

実際、かつては挙母市という名前だったらしい。市になるまでこの名前で来てたんだね。

ところが挙母市では読みにくいということで、市を代表する企業となっていたトヨタ自動車に由来して 豊田市 に改名されたのだそう。

特異な命名の市ということで知られているが、その改名の理由が難読というのはちょっと意外だったな。


今は当たり前に思ってる地名でも、ある時期の大胆な命名に由来することはまぁある。

奈良県の橿原市も、橿原というのは神武天皇が作ったとされる橿原宮に由来するが、それは神話の存在で、地名として残っていたわけではない。

八木町・今井町・畝傍町などが合併するにあたって、市の名前に採用されたが、それが初めて地名になったぐらいなのかも。

こんな具合に市町村合併で新しい命名が生まれるのは納得しやすいんだけどね。

そうじゃない例も少しはあると。


Author : hidemaro
Date : 2017/07/08(Sat) 23:07
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細長い土地はどう生まれ変わるか

僕が引っ越してくるちょっと前に調布駅付近の地下化が完成している。

調布駅は八王子方面と多摩ニュータウン・橋本方面の線路が分岐するという都合、

もともと複雑な構造をした駅だったのだが、全てを地下に納め、立体化するということを行っている。


この事業は連続立体交差事業として行われたが、連続立体交差では一般的な高架化ではなく地下化が選ばれている。

高架化の場合、もともと線路が走っていたところに高架橋ができるということになるのだが、

地下化の場合、もともと線路が走っていたところは一見して空き地になる。

そうやって地上に生まれた土地をどうやって使うかという問題が出てくる。


まず用途としてわかりやすいのが駅舎とか駅前広場という用途。

線路が地下なのに駅舎が地上というのはあんまりないけど、それは線路の上に土地を取れないから。

線路の上に土地を取れるなら、地上駅でも問題ない。

ということで布田駅・国領駅は駅舎が地上レベル、ホームが地下1階になっている。

この構造はけっこう便利で、階段・エスカレーターで1階上り下りするだけで済むんだよね。


線路敷の土地を所有しているのは鉄道会社、単に立体交差しただけではこの状況は変わらない。

なので土地を所有する京王としては、どういう風に使うか考える必要があるわけだが、

駅舎・駅前広場などで使う分以外の土地を有効活用するには、やっぱり建物を建てていきたい。

というわけで、現在、調布駅付近ではビルの建設が行われている。

2017年秋、調布駅の商業施設「トリエ京王調布」が開業!(pdf) (京王電鉄)

3棟建てて、それぞれ京王百貨店・ビックカメラ・イオンシネマをメインとした商業施設になるということ。

これは調布駅付近の活性化にも役立つだろうから、よいことだ。


駅付近はそれでいいんだが、それ以外の細い土地はどうするんだろうか。

京王としてはその土地で儲けられればよいのだが、住宅地の中を走る細い土地では、なかなか難しそう。

というわけで、駅付近以外は生活道路の拡幅と公園に転用するそうで。

市報ちょうふ/鉄道敷地整備計画の概要図を策定(pdf) (調布市)

京王から調布市が土地を買い取って、それで公共用途で使うということになるらしい。

ということで、調布市の持ち出しで京王から大して用途のない土地は引き取るということですね。

細長い土地を無理やり活用されてしまっては、環境悪化の懸念もあるので、その対策ってのもあるんだろうけど。


というわけで、こうやって見てみると、細い土地が浮いても、なかなか後処理が難しいんだなということに気づく。

駅舎や駅ビルで使える土地はいいし、駅前広場・駐輪場のような駅に付随した公共用地として使うのも、それは意義深いことだが、

残りはなんとなく余って、なんとなく生活道路・公園に転用するということで、

調布市は環境対策のため、仕方なく買収する必要に迫られるわけである。


なんか対策はないのかという話だが、1つの解決策が地下化と区画整理を一緒にやるという方法。

大阪の北梅田地区がその予定で進んでるんだけど。

成長戦略拠点特区の『大阪駅周辺地区:うめきた(大阪駅北地区)プロジェクト』 (大阪市)

もともとこのあたり一体の土地はJR貨物の梅田貨物駅があったのだが、

土地の所有者は鉄道建設・運輸施設整備支援機構、ということで国鉄の借金返済用に確保され続けていた土地なんですね。

一方で、梅田貨物線と呼ばれる新大阪~西九条をショートカットする線路があり、はるか号・くろしお号などの特急列車も使っている。

梅田貨物駅跡地の利用には梅田貨物線の地下化と新駅設置も必須と考えられている。

というわけで、梅田貨物駅跡地の市街地化のための土地区画整理事業と、梅田貨物線の連続立体交差事業を一緒に行うわけだ。


まず、もともと貨物駅だったところだから、道路も公園もろくにない。

なので、道路・公園のための土地を確保する必要がある。

一方で、新しく地下化する線路は道路・駅前広場の下を通しているから、線路の上の土地は全て公共用地になる。

土地区画整理事業では公共減歩・保留地減歩ということで、土地を目減りさせてもとの所有者に返す仕組みになっている。

土地区画整理事業 (国土交通省)

公共減歩は道路・公園などの公共用地のための土地を確保するために土地を目減りさせることで、

確保された土地は無償で大阪市に提供される。その代わり、大阪市は道路などの建設費を負担するのだが。

保留地減歩は区画整理の事業費を捻出するために目減りさせられる土地で、区画整理の工事費相当を払ってねという話。

ただし、道路工事も線路の地下化も大阪市がやってくれるんだけどね。(地下化にあわせて新駅を作ったりするのはJR負担もあるだろうが)


梅田貨物駅跡地が鉄道建設・運輸施設整備支援機構の所有なのは知ってるのだが、

梅田貨物線の線路敷の所有者って誰なんだろうね。貨物駅と一緒なのか、線路の所有者のJR西日本なのか。

それは分からないけど、土地区画整理事業の制度上、梅田貨物線の線路敷相当の土地は、

公共減歩・保留地減歩が行われた上で、ビルを建てたりして使える土地として元の所有者に戻ってくることになる。

もともと線路が走っていた細長い土地が引き渡されるわけではないだろう。

土地区画整理事業の目的はもともと利用しにくかった土地を利用しやすい形にすることだから。

一方で、地下化された線路の上の土地は大阪市に無償で提供される。

土地の買収にお金をかけずに新しいまちづくりに必要な道路・駅前広場を作る土地を確保できるわけだ。


線路の地下化と区画整理を一緒に行うと、線路敷の所有者と行政にとっては非常にメリットが大きいわけだが、

一方で周辺が成熟した市街地だったりすると、そこでメリットが出ないので、なかなか適用できないんだろうな。

土地区画整理事業の前提として、事業後の目減りした土地の価値 ≧ 事業前の土地の価値 である必要がある。

線路敷の細長い土地だけでこの条件は満たせないので、周辺の土地と一緒に開発する必要がある。

ところが成熟した市街地だと、もともと価値が高いから、公共用地の捻出のために目減りさせる口実があまりないと。

あと、地権者の同意があるのが前提なので、地権者が多い既成市街地では同意が得るのがまず大変。


区画整理をやると、地権者は使いやすい土地が手に入り、行政はタダで公共用地が確保できる。

これだけ見るとWin-Winだけど、そのためには重要な前提条件があるわけだね。

他の地権者にとってもメリットがあることを示して合意を得る必要があると。既成市街地ではこれが難しい。

これが実現できない以上は、調布市はお金を出して京王の土地を買い取るしかないわけだ。

調布市は単純にお金がかかるし、京王にとっても元線路敷を使った商売のチャンスの一部を放棄することになる。

お互い不本意だが、立体交差事業を優先するとこうならざるを得ないって話だよね。


Author : hidemaro
Date : 2017/07/07(Fri) 23:30
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小さな村の議会は厳しい

人口が少ない村と言われて真っ先に思い浮かぶのが上北山村だ。

奈良県南部、熊野川流域にある村で、大台ヶ原山で有名。

日本の実効支配地域にある村で一番人口密度が低いことが知られている。

その人口、わずかに512人(2015年国勢調査)、なかなかすごい数字だ。


ただし、絶対的な人口で言えば、もっと少ない村もいくつかある。

一番少ないのが東京都の青ヶ島村で178人となっている。

伊豆諸島は島同士がかなり散らばっているので、本意か不本意か、有人島1島で1村にならざるを得ないんだよね。

他にも御蔵島村、利島村が400人を切っている。

ただ、離島という特殊事情を持つ村を別とすれば、高知県の大川村で396人だそうだ。


大川村はご存じの方もおられるだろうが、早明浦ダムに村の主要な地域が沈んでしまった村だ。

吉野川というと徳島県の印象が強いんだけど、吉野川流域の上流は高知県・愛媛県にかかっている。

その高知県側の上流にある村が大川村だったと。

かつては鉱山があったこともあって数千人と住んでいたようだが、鉱山が閉山し、ダムに沈み、

そうして人口が減ってしまっても相変わらず存在し続けている村である。


そんな大川村が早明浦ダム以外のことでニュースに出てきたのだが。

過疎の村、議会限界 77歳村議、後継見つからず 人口400人、高知・大川 (朝日新聞)

村議会の定員割れが懸念され、その解決策として村総会というのも考えなければならないかもしれないということだ。

地方自治法では町村では議会に代えて町村総会を行うことができるという規定がある。

これを議会の代わりにできないかというアイデアがあると。

ただし、村議会を維持する道を探る方が優先度が高いとも言っているが。


村議会議員のなり手が少ない背景はいろいろあるんだが、

小さい村特有の事情として、公務員が選挙に立候補できないということがある。

数少ない村民のうち、村職員など公務員の占める割合は無視できないようだ。

そもそも仕事と議会の両立は難しいだろうから、公務員だからというだけの話ではないんだけど、制度上NGという点では重い。

絶対的な人口の少なさと相まって、そもそも議員になりうる人が少ないわけだ。


根本的な解決策があるとすれば、市町村合併なんだろうけどね。

そもそも千人を切る規模の村だけでまともな行政をできるとは思えないので、何らかの形で広域行政の枠組みには参加しているはず。

それを推し進めて村全てを他の市町村と統合するということは選択肢としてある。

実際、かつて市町村合併は検討されたようだが、他の市町村の反対で実現しなかったという経緯があったようだ。

大川村が積極的に合併しない道を選んだわけではないとはいえ、改めて考えてみると厳しい。


大川村が町村総会の導入に適しているかは疑問だが、

離島のようにどうしても人口が少なく、議会というものをやっていくすべがないというのなら有効な選択肢なのかな。

議会なしで行政は滞らないのか? と思うかも知れないが、これはなんとかなりそう。

というのも、市町村長は専決処分ということで、議会なしで条例を作る権限を持っているからだ。

緊急時に使われることがあるのだが、そういう場合は次回の議会で報告して議決を得ることで対応している。

ここで議会を総会に置き換えれば、予算など重要なことは総会で決めるけど、あとは次回総会で報告して対応とかでもよいわけ。

年1日の総会で済めば、住民への負担もほどほどで抑えられるのかなと。


ただし、最大の問題が総会の成立要件で、総会を構成する有権者の半数が出席しないと成立しないことになっている。

なぜかというと、地方自治法に「前条の規定による町村総会に関しては、町村の議会に関する規定を準用する」という規定があるから。

大川村のような高齢化著しい地域では、そもそも有権者の半数が出席することが難しいという話がある。

選挙の場合、入院中や障害のため投票所に行けない有権者には不在者投票という制度があるが、議員は単に欠席になるだけ。

これに対してどういう解決策を見いだすかが問題ですかね。

ここは法律で決まってることだから、変更が必要なら国会での議決が必要ということで、実は1つの村の問題では済まない。

現状の制度でも無理やりできなくはないけど、ちゃんと制度を作らないと厳しいね。


Author : hidemaro
Date : 2017/07/03(Mon) 23:58
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選挙カーではないもの

職場の食堂で同期と一緒に昼ご飯食べて、それから職場まで歩いてたとき、

「そういや選挙だなぁ」「住んでる市が違うから選挙区も違うぞ」なんて話をしていたら、

会社に面した道路を選挙カーらしきものが、スピーカーで音を鳴らしながら通り過ぎていった。

「で、○○党の候補者ってだれよ?」という疑問を言う人がいたが意図的だろう。


先週末、東京の某所に用事があって出かけていたのだが、「○○党でございます」と言いながら走る車がいた。

この車は直接的に選挙のことについて言っていないし、候補者の名前も言っていない。

これは名目上は選挙活動のための車ではなく、それ以外の政治活動の一環として走らせている車のようだった。

会社の前の道路を通り過ぎていった車も、政党の名前は書いてあったが、候補者の名前は書いてなかった。

政党名は連呼していたが、候補者の名前を連呼することはなかった。

きっとこれも同じことだろう。


選挙カーの台数には制限があって、ほとんどの選挙で1候補者1台までとなっている。

唯一の例外が参議院議員選挙の比例代表、1人あたり2台までになっている。かつての全国区制の名残だろうか。

あと、衆議院議員選挙では政党の選挙カーというものがある。

小選挙区でも比例代表でも認められていて、立候補者数に応じて候補者分とは別枠で認められている。


でも、都道府県議会議員選挙は政党の選挙カーってのはないんだよね。

それどころか選挙期間中に政治団体が車を使ったり、拡声器を使ったり、ビラをばらまいたり、ポスターを貼ることは原則として禁止されている。

(ただし、指定都市以外の市町村の選挙は対象外、衆議院議員選挙は政党の選挙活動を想定した別の制度がある)

原則として禁止というだけで、一定の条件を満たす政治団体(確認団体)は一定の制約のもと認められている。

多くの政党はこの制度を使って、選挙期間中も活動をしているわけだ。

選挙カーではないので、直接的に選挙の宣伝はできないのだが、政党の主張を述べたり、演説の宣伝をすることには使える。

というわけで制限はあるんだけど、選挙カーとは別枠で宣伝する車を用意することはできるってわけ。


ただ、候補者名の連呼ほど効果があるとも思えないけどね。

比例代表制のある衆議院・参議院の選挙ならともかく、都議会議員選挙は候補者名で投票するからね。

候補者に1台の選挙カーだけでは、ちょっと厳しいっていうのを埋めるという点では便利そうだけど、

選挙活動の方法として本来認められてるものではないのでね。なかなか。

というか選挙区なんて狭いんだから、1台でなんとかしろよって話なんだけどね。


Author : hidemaro
Date : 2017/06/29(Thu) 22:12
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市・郡単位ではないけど

まもなく東京都議会選挙、実は都道府県議会議員選挙に投票するのはこれが初めて。

引越前に有権者4年やってて選挙なかったの? って考えた人は鋭い。

実は選挙はあったのだが、無投票だったんだよね。

県議会が二大政党制だと無投票になった

定数2に対して、2つの主要政党(会派)の候補者が立って、それで終わり。


今回はちゃんと投票あるよ。というわけで選挙公報を読んで考えていた。

市議会議員選挙だと候補者数が多い上に、政党色が薄いから、誰に投票するかというのはかなり難しい。

議会だよりを掘り返して、現職議員ならどんな主張をしてきたか調べたり、会派ごとの主張を調べたりしていたが。

そこまで考えるほどのことかという話はあるけど。市の行方を決めるのは市長の方がずっと影響が大きいから。

そんな風に悩んだ、市議会議員選挙に比べれば、都道府県議会選挙は高々知れている。

1つの選挙区の候補者数も少なく、政党色も強いから、候補者を選ぶ難易度は低いし、

あと、都道府県の行く末なんて市町村の行く末に比べればはるかに影響小さいですから。

東京都はちょっと特殊な事情があるけど、それでも多摩地域は市町村がちゃんと機能しているはずだから。


そんな東京都議会の選挙区を見てみると、ちょっと不思議なところがある。

東京都議会議員の定数及び選挙区一覧表 (東京都選挙管理委員会)

多摩地域の選挙区を見ると、基本的には市ごとに選挙区があるのだが、

複数の市町村をまとめた選挙区として 西多摩、南多摩、北多摩第一、北多摩第二、北多摩第三、北多摩第四とある。

やっていること自体は珍しくはないのだが、選挙区の命名が特徴的だ。


都道府県議会の選挙区の決め方には原則がある。

それは市・郡の単位で選挙区を決めるということだ。

現在もその原則に近い決め方をしている例を調べると、群馬県議会が見つかった。

群馬県議会議員の定数等 (群馬県)

群馬県では藤岡市以外の全ての市は1つの市で1つの選挙区になっていて「高崎市選挙区」のように命名されている。

町村については多野郡以外は全て郡の単位で1つの選挙区になっていて利根郡は4町村で「利根郡選挙区」のように命名されている。

よく見ると利根郡選挙区は飛び地があるが、それでも郡単位の選挙区になっている。


ただし、現在、この原則に厳密に従っている都道府県はきっと少ない。

なぜかというと、町村として残った部分の人口が少なく、郡で1つの選挙区としてなり立たないとか、

町村として残った部分が飛び地になってしまい、郡部だけだと地理的な連続性がないとか、そういう事情があるからだ。

なので、市と郡の区域を合わせた選挙区とか、郡を分けて、他の市と一緒にした選挙区を組むとか、そういうことが増えている。

大阪府議会議員選挙 選挙区一覧 (大阪府)

大阪府では郡で単独の選挙区になっているところはどこもない。

「箕面市及び豊能郡選挙区」のように市と郡をあわせた選挙区であったり、

「泉佐野市及び泉南郡熊取町選挙区」のように市と郡の飛び地の一方をあわせた選挙区のようになっている。


東京都も似たような事情があったのだろう。

ただ、命名にかつて郡単位の選挙区だった名残というのは色濃く残っているのが特徴的だ。

西多摩選挙区というのは、その昔は西多摩郡選挙区だったのだろう。

西多摩地域には通常、青梅市を含むはずだが、青梅市は他の市に比べると市になったのが早い。(青梅市は1951年、次は福生市で1970年)

だからかつては「青梅市選挙区」と「西多摩郡選挙区」だったんじゃないかなぁ。

南多摩選挙区も同様、八王子市・町田市・日野市が抜けている。

八王子市は市になったのが特に早く1917年、町田市は1958年、日野市は1963年だから、他の稲城市・多摩市の1971年に比べるとやや早い。

まぁ八王子市と町田市は単純に規模が大きいのもあるんだろうけどね。日野市も人口増に伴い抜けたようにも見えるが。


さらに独特なのが北多摩第一~第四の選挙区。

これは、北多摩郡に属する町村が市になっていく過程で飛び地だらけになった影響で、北多摩郡を分けた選挙区が出てきたのかなと。

単独の市で選挙区になっているところで、一番最後に市になったのが小平市の1962年、

それ以後に市になったところはいずれも連合選挙区になっている。(西東京市は単独だが、2001年の合併以前は合併前の2市の連合選挙区だった)

逆にそれ以前で連合選挙区になってるのは調布市(1955年)のみ。けどこれは狛江市(1970年)とあわせた選挙区で、

狛江市は多摩地域で隣接するのは調布市だけだから、やむを得ず狛江町(当時)と調布市で連合選挙区を組んでいたのだろう。

狛江市以外は飛び地じゃないからまとめて1つの選挙区にする余地はあったんだろうが、そもそも広大な郡だから適宜分けたのだろうか。


複数の市をあわせた選挙区が存在している背景には、人口がやや少ない市があるというのはあるんだろう。

ただ、議員1人あたりの人口が約10万人と考えると、だいたいの市で1つの選挙区が成立するように思える。

南多摩選挙区を構成する2市は稲城市が約9万人、多摩市が約15万人と、各市定数1人の選挙区でほぼ妥当だろうと。

市・郡の単位で選挙区を作るという原則に立ち返れば、かなり選挙区の切り方は変わりそう。

ただし、切り直すと、定数の振り直しが発生し、場合によっては他の選挙区への影響もあるので、あんまり変えられないのかもね。

定数が変わると選挙戦略もだいぶ変わるので、議会の勢力への影響もあるだろうか。


「北多摩第三選挙区」って文字を見て、一見すると何のことかわからないが、

実はよく調べてみると調布・狛江という意味で、これはよく見聞きする枠組みなんだよね。

上に書いたとおり、他の都道府県の場合、複数の市または市と郡をあわせた選挙区は、その名前をくっつけた名前になっていることが多い。

旧郡の名前を引き継いだ命名ってのはあるかもしれんが、旧郡+数字というのはかなり珍しいのでは?

まぁ中身はそう珍しくもないけど、もうちょっと市単位の選挙区が多くてもいいとは思う。


Author : hidemaro
Date : 2017/06/28(Wed) 20:30
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